(「佐賀新聞」平成29年1月28日付け記事より引用)
障害者らが農業の担い手となり、生産振興や地域の活性化、福祉環境の充実を目指す「農福連携」の取り組みが、佐賀県内でも広がっている。すでに農業に参入している福祉施設では、高品質で付加価値の高い作物で認知され、障害者の就労支援や工賃アップにつなげているところもある。
農福連携は、昨年6月に閣議決定した「日本再興戦略2016」にも明記され、国の重点施策に位置付けられた。社会福祉法人などが障害者の雇用・就労を目的に、農園や加工・販売施設を整備する際の費用を補助する農水省事業や、都道府県が栽培技術の指導や加工・販売に向けたアドバイスをする専門家を派遣するときの経費を全額負担する厚労省事業など、支援メニューも拡充している。
今月16日に熊本市で開かれた「農と福祉の連携推進セミナーin九州」(農水省主催)には、自治体や福祉関係者ら約130人が参加。農林水産政策研究所・主任研究官の小柴有理江さんが、障害者雇用を増やすとともに収益を上げている法人・企業などを紹介した。
パネル討論では、障害者雇用に取り組んだ農家が、障害の特性や個性と向き合いながらマンツーマンで技術指導した経験を語り、「今や欠かせない戦力になっている」と強調した。
佐賀県内の先進事例と、セミナーでの講演要旨を紹介する。
■佐賀西部コロニー(太良町) 高齢農家から受託
ミネラルを多く含む有明海の濃縮海水を活用する独自の農法で、「海水みかん」や「海水さつまいも」をブランド展開している福祉作業所佐賀西部コロニー(藤津郡太良町)。高級鶏卵やシイタケの生産、加工・販売まで幅広く手がけ、120人が就労している。
もともとは木工が中心だったが、2006年施行の障害者自立支援法をきっかけに新たな授産事業として農業に本格参入。村井公道前理事長が、海水を木の根元に散布することで糖度を高める栽培方法を確立した。その後も技術を応用して作物を増やし、消費者の高い評価を受けて地元直売所や都市圏のスーパーにも流通させている。
ブランド確立を機に活躍の場は施設外にも。高齢などの理由で耕作を続けることが難しくなった地元農家から委託を受けて作業する「地域元気営農事業」を8年前から続けている。
サツマイモ畑では、苗の定植や日常の細かい管理を農家が行う一方、育苗や海水散布、収穫作業など負担の大きい作業は施設が請け負う。農地を提供する農家の平均年齢は76歳。竹下武幸理事長は「高齢でも無理なく農作業を続けられる。地域の人に喜んでもらえている」と手応えを語る。
収穫物は全量買い取って売り切るのも特長。ミカンは一つずつ丁寧に磨き、サツマイモは施設内の貯蔵庫で「焼き芋にすれば糖度50度を超える」状態に仕上げる。利用者の「できること」を結集し、さらに付加価値を高めていく考えだ。
■もやいの会(多久市) 個性に応じ作業分担
社会福祉法人もやいの会(多久市、川副春海理事長)が運営する「障害者支援センターまや」は、オランダ方式の複合環境制御システムを導入したハウスで、中玉のミディトマトを周年栽培している。葉や花を人の手で間引くなど、細かい作業で高品質・高収量を実現。法定最低賃金以上の工賃が支払われる就労継続支援A型として10人が作業に励んでいる。
廃校となった市立小学校の跡地に農水省の補助事業を活用して12アールのハウスを建設、2015年4月から栽培を開始した。一般にトマト栽培は難しいとされるが、同施設では作業を約30工程に細分化し、個性や障害の特性に応じて作業を割り振っている。
ハウス内は畝の間を広く取ってレールを敷き、台車に座ったまま収穫などの作業ができるバリアフリー仕様。ハウスに頻繁に出入りし、1株1株に目が行き届くため、品質向上や病虫害の発見にもつながる。
農業分野担当の副島正純副施設長は「1人で全ての作業を同時並行でするのは難しいが、チームを組んでやるうちにできることも自然と増えた」と実感する。
割れ玉や規格外品を使い、シフォンケーキなどへの加工や直売所の運営にも手を広げ、就労継続支援B型の利用者も合わせて定員を拡大。九州農政局の「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」に選定された。川副理事長は「収量を増やして収益を上げ、利益を障害者雇用や工賃の増加という形で還元していきたい」と話す。
■セミナー講演要旨 農林水産政策研究所・主任研究官 小柴有理江さん
地域の人的資源活用を
18~64歳の障害者で在宅者は324万人。うち事業所や福祉作業所で働く人は69万人で割合としてはまだ少ない。障害者が従事している作業は単価が低く、集中力や器用さが必要とされるなど、個人の適性に左右される事情もあるようだ。
社会福祉法人などが農業分野に進出する割合は、2012年度調査で33.5%にまで増えている。農業を行っている理由としては「健康・精神に望ましい」が最も多く、「農産物の販売」「加工品の原料調達」が続く。参入時期が直近であるほど「経済事情で作業が減少した」と回答する率が高い。障害者の法定雇用率を
守ることが難しい企業が、特例子会社制度を利用して農業に参入するケースも出てきている。
逆に農業をしない理由は「土地がない」が半数以上で、「知識・技術がない」「専門スタッフの確保が困難」と続く。これらの問題さえ解決すれば、参入の動きが拡大する可能性があるといえそうだ。
「アゲイン」(兵庫県)は、ニートや引きこもりを支援するNPO法人として設立し、代表が所有する農地で共同作業をしていた。設立3年後には本格的に農業をしようと、地元農業大学校の新卒生採用を始めて農業専門職員として配置。水稲、露地・施設野菜、パン製造に障害者ら65人が就労しており、規模拡大にも取り組んだ。150種類以上の品目を生産し、市場の高い評価を受けて5千万円を超える売り上げを達成できるところまできている。
「九神ファームめむろ」(北海道)は、A型作業所がなかった地元・芽室町から誘致を受け、愛媛県の総菜製造会社の出資で2012年に設立。ジャガイモやカボチャを生産し、親会社に総菜の原料として販売しており、不足分を地元のJAが供給する支援体制もできている。利用者の平均工賃は月額10万円を実現し、他県にも広がっている。
地方公共団体が支援する形も考えられる。香川県では、県社会就労支援センター協議会と共同で受注窓口を設置。地元JAや生産部会を通じて作業を手伝ってほしい農家や法人の依頼を受け、作業受託を希望する福祉事業所などを紹介している。ニンニクやタマネギなど重量野菜の生産は重労働だが、適期収穫による品質向上や高齢農家のつなぎ止めに一役買っている。作業をきっかけに障害者雇用を始めた農園もある。
農業の側からすると障害者が農業就労することで農地の保全・活用や担い手不足の解消、地域活性化などの効果が期待できる。農家が障害者の可能性に理解を深められるようにしたり、福祉施設職員が農業技術を学ぶ環境を整えるなど求められる支援は多い。
農家と福祉施設の交流のほか、両者をマッチングする存在も必要。自治体やJAなど、地域の人的資源を最大限活用し、障害者の居場所や就労の機会をつくっていくことが大事だ。
■記者の目 笑顔引き出す視点を
「農福連携」は古くから行われてきた福祉事業所の運営手法の一つだが、言葉としては比較的新しい。農村地域での人口流出や荒廃農地の増加に歯止めがかからない現状をどうにかしたいという思惑が透ける。ただ、障害者に過度の期待を背負わせたり、負担を強いてはならない。
農業を障害者本人や共に支える地域にとって魅力的なものにする努力も欠かせない。トマトの選果を取材していると、傷がないかまじまじと見つめ、1個ずつ大事そうに磨いていた男性が「一つどうぞ」と差し出してくれた。どこか誇らしげなその笑顔を引き出す視点が大事だ。
確かに課題も多い。すでに取り組んでいる宮崎県のハウスショウガ農家は「楽しいと思ってもらうまで根気よくマンツーマンでしなくてはいけない」と指導の難しさを語る。だが、農作業は多岐にわたる仕事があるため、一人一役を果たす活躍の場が必ずある。
セミナーには県内の福祉施設関係者が数多く出席しており、関心の高さがうかがえた。だが、現場の生産者やJA、自治体などの参加は少ない。両者のミスマッチを埋めるところから始めたい。
障害者らが農業の担い手となり、生産振興や地域の活性化、福祉環境の充実を目指す「農福連携」の取り組みが、佐賀県内でも広がっている。すでに農業に参入している福祉施設では、高品質で付加価値の高い作物で認知され、障害者の就労支援や工賃アップにつなげているところもある。
農福連携は、昨年6月に閣議決定した「日本再興戦略2016」にも明記され、国の重点施策に位置付けられた。社会福祉法人などが障害者の雇用・就労を目的に、農園や加工・販売施設を整備する際の費用を補助する農水省事業や、都道府県が栽培技術の指導や加工・販売に向けたアドバイスをする専門家を派遣するときの経費を全額負担する厚労省事業など、支援メニューも拡充している。
今月16日に熊本市で開かれた「農と福祉の連携推進セミナーin九州」(農水省主催)には、自治体や福祉関係者ら約130人が参加。農林水産政策研究所・主任研究官の小柴有理江さんが、障害者雇用を増やすとともに収益を上げている法人・企業などを紹介した。
パネル討論では、障害者雇用に取り組んだ農家が、障害の特性や個性と向き合いながらマンツーマンで技術指導した経験を語り、「今や欠かせない戦力になっている」と強調した。
佐賀県内の先進事例と、セミナーでの講演要旨を紹介する。
■佐賀西部コロニー(太良町) 高齢農家から受託
ミネラルを多く含む有明海の濃縮海水を活用する独自の農法で、「海水みかん」や「海水さつまいも」をブランド展開している福祉作業所佐賀西部コロニー(藤津郡太良町)。高級鶏卵やシイタケの生産、加工・販売まで幅広く手がけ、120人が就労している。
もともとは木工が中心だったが、2006年施行の障害者自立支援法をきっかけに新たな授産事業として農業に本格参入。村井公道前理事長が、海水を木の根元に散布することで糖度を高める栽培方法を確立した。その後も技術を応用して作物を増やし、消費者の高い評価を受けて地元直売所や都市圏のスーパーにも流通させている。
ブランド確立を機に活躍の場は施設外にも。高齢などの理由で耕作を続けることが難しくなった地元農家から委託を受けて作業する「地域元気営農事業」を8年前から続けている。
サツマイモ畑では、苗の定植や日常の細かい管理を農家が行う一方、育苗や海水散布、収穫作業など負担の大きい作業は施設が請け負う。農地を提供する農家の平均年齢は76歳。竹下武幸理事長は「高齢でも無理なく農作業を続けられる。地域の人に喜んでもらえている」と手応えを語る。
収穫物は全量買い取って売り切るのも特長。ミカンは一つずつ丁寧に磨き、サツマイモは施設内の貯蔵庫で「焼き芋にすれば糖度50度を超える」状態に仕上げる。利用者の「できること」を結集し、さらに付加価値を高めていく考えだ。
■もやいの会(多久市) 個性に応じ作業分担
社会福祉法人もやいの会(多久市、川副春海理事長)が運営する「障害者支援センターまや」は、オランダ方式の複合環境制御システムを導入したハウスで、中玉のミディトマトを周年栽培している。葉や花を人の手で間引くなど、細かい作業で高品質・高収量を実現。法定最低賃金以上の工賃が支払われる就労継続支援A型として10人が作業に励んでいる。
廃校となった市立小学校の跡地に農水省の補助事業を活用して12アールのハウスを建設、2015年4月から栽培を開始した。一般にトマト栽培は難しいとされるが、同施設では作業を約30工程に細分化し、個性や障害の特性に応じて作業を割り振っている。
ハウス内は畝の間を広く取ってレールを敷き、台車に座ったまま収穫などの作業ができるバリアフリー仕様。ハウスに頻繁に出入りし、1株1株に目が行き届くため、品質向上や病虫害の発見にもつながる。
農業分野担当の副島正純副施設長は「1人で全ての作業を同時並行でするのは難しいが、チームを組んでやるうちにできることも自然と増えた」と実感する。
割れ玉や規格外品を使い、シフォンケーキなどへの加工や直売所の運営にも手を広げ、就労継続支援B型の利用者も合わせて定員を拡大。九州農政局の「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」に選定された。川副理事長は「収量を増やして収益を上げ、利益を障害者雇用や工賃の増加という形で還元していきたい」と話す。
■セミナー講演要旨 農林水産政策研究所・主任研究官 小柴有理江さん
地域の人的資源活用を
18~64歳の障害者で在宅者は324万人。うち事業所や福祉作業所で働く人は69万人で割合としてはまだ少ない。障害者が従事している作業は単価が低く、集中力や器用さが必要とされるなど、個人の適性に左右される事情もあるようだ。
社会福祉法人などが農業分野に進出する割合は、2012年度調査で33.5%にまで増えている。農業を行っている理由としては「健康・精神に望ましい」が最も多く、「農産物の販売」「加工品の原料調達」が続く。参入時期が直近であるほど「経済事情で作業が減少した」と回答する率が高い。障害者の法定雇用率を
守ることが難しい企業が、特例子会社制度を利用して農業に参入するケースも出てきている。
逆に農業をしない理由は「土地がない」が半数以上で、「知識・技術がない」「専門スタッフの確保が困難」と続く。これらの問題さえ解決すれば、参入の動きが拡大する可能性があるといえそうだ。
「アゲイン」(兵庫県)は、ニートや引きこもりを支援するNPO法人として設立し、代表が所有する農地で共同作業をしていた。設立3年後には本格的に農業をしようと、地元農業大学校の新卒生採用を始めて農業専門職員として配置。水稲、露地・施設野菜、パン製造に障害者ら65人が就労しており、規模拡大にも取り組んだ。150種類以上の品目を生産し、市場の高い評価を受けて5千万円を超える売り上げを達成できるところまできている。
「九神ファームめむろ」(北海道)は、A型作業所がなかった地元・芽室町から誘致を受け、愛媛県の総菜製造会社の出資で2012年に設立。ジャガイモやカボチャを生産し、親会社に総菜の原料として販売しており、不足分を地元のJAが供給する支援体制もできている。利用者の平均工賃は月額10万円を実現し、他県にも広がっている。
地方公共団体が支援する形も考えられる。香川県では、県社会就労支援センター協議会と共同で受注窓口を設置。地元JAや生産部会を通じて作業を手伝ってほしい農家や法人の依頼を受け、作業受託を希望する福祉事業所などを紹介している。ニンニクやタマネギなど重量野菜の生産は重労働だが、適期収穫による品質向上や高齢農家のつなぎ止めに一役買っている。作業をきっかけに障害者雇用を始めた農園もある。
農業の側からすると障害者が農業就労することで農地の保全・活用や担い手不足の解消、地域活性化などの効果が期待できる。農家が障害者の可能性に理解を深められるようにしたり、福祉施設職員が農業技術を学ぶ環境を整えるなど求められる支援は多い。
農家と福祉施設の交流のほか、両者をマッチングする存在も必要。自治体やJAなど、地域の人的資源を最大限活用し、障害者の居場所や就労の機会をつくっていくことが大事だ。
■記者の目 笑顔引き出す視点を
「農福連携」は古くから行われてきた福祉事業所の運営手法の一つだが、言葉としては比較的新しい。農村地域での人口流出や荒廃農地の増加に歯止めがかからない現状をどうにかしたいという思惑が透ける。ただ、障害者に過度の期待を背負わせたり、負担を強いてはならない。
農業を障害者本人や共に支える地域にとって魅力的なものにする努力も欠かせない。トマトの選果を取材していると、傷がないかまじまじと見つめ、1個ずつ大事そうに磨いていた男性が「一つどうぞ」と差し出してくれた。どこか誇らしげなその笑顔を引き出す視点が大事だ。
確かに課題も多い。すでに取り組んでいる宮崎県のハウスショウガ農家は「楽しいと思ってもらうまで根気よくマンツーマンでしなくてはいけない」と指導の難しさを語る。だが、農作業は多岐にわたる仕事があるため、一人一役を果たす活躍の場が必ずある。
セミナーには県内の福祉施設関係者が数多く出席しており、関心の高さがうかがえた。だが、現場の生産者やJA、自治体などの参加は少ない。両者のミスマッチを埋めるところから始めたい。