ホルマリンのマンネリ感

札幌出身苫小牧在住、ホルマリンです。怪しいスポット訪問、廃墟潜入、道内ミステリー情報、一人旅、昭和レトロなどなど…。

おもしろ公園ぐらんぷり2024 第2回

2024-09-25 23:38:07 | 北海道内の旅行・風景


第2回:昆虫王国!
(常盤公園 札幌市南区真駒内269-1)


芸術の森」近くの住宅街にある常盤公園にやってきました。
立派な遊具と広場の他、野球場やテニスコートもある規模の大きな公園です。

かつて本州にある別の公園の写真で存在を知り、一度見てみたいと思っていた遊具の同型が、この公園にあるという事で訪れました。
なお、残雪がありますがかなり前の撮影です……(2017年)。
取り上げるタイミングがありませんでした。許してね。

さて、まるでお城のような巨大アスレチック遊具の近くに鎮座していたのは……。



カブトムシ型のすべり台♪



コンクリート製と思しきボディは化粧直しされて間もないらしく、綺麗でした。
デフォルメしつつも昆虫らしさを捉えた6本脚や、立派なツノの複雑な造形のおかげで迫力たっぷり
でも、つぶらな瞳は愛らしくもあります(笑)。
前後がすべり台になっているという珍しい構造。




カブトムシの周りには、少し小さめなクワガタとテントウムシ、イモムシのオブジェが。
クワガタが非常にリアルなのに対し、イモムシは粘土アニメに出てきそうなキャラクター風なのがチグハグで面白いですね(笑)。

(2017年訪問)
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おもしろ公園ぐらんぷり2024 第1回

2024-09-23 00:07:16 | 北海道内の旅行・風景
今から9年前の2015年に、当ブログでおもしろ公園ぐらんぷりという全10回の企画を行い、大変好評をいただきました。
いつか続編をやりたいな~という気持ちがずっとあり、地道に集めてきたネタも溜まってきた事ですし、このたび「おもしろ公園ぐらんぷり2024」と題して9年ぶりに復活させようと思います!
今回は札幌市と、私が現在住む苫小牧市とその近郊のおもしろ公園や遊具を紹介できればと思います(不定期更新、全7回ほどを予定)。

それでは、いきましょう!


第1回:「パンダ公園」令和編!
(藻岩下公園 札幌市南区南30条西8丁目)



9年前の「公園ぐらんぷり」第4回で紹介済みの「藻岩下公園」です。ミュンヘン大橋のすぐ近くにありますよ。
実家からそう遠くない場所にあるので、小学生時代によく親と一緒に訪れた公園でもあります。
2015年に紹介したすぐ後に大規模リニューアルが行われ、同年末ごろ?に工事が完了。最終回の第10回で工事中の状況も紹介していました。
リニューアル後の様子を改めて紹介したいと思っていたので、再訪です!(今さら?というツッコミは無しで…笑)



さてこちらの藻岩下公園、かつてパンダのコンクリート像が公園内に2体設置されていたのがきっかけで「パンダ公園」という愛称で長らく地域に親しまれていました。
その後パンダフルなる市民団体が発足、メンバーの働き掛けで他所からパンダ像を移設したり、パンダがデザインされたベンチを新設したりと公園内のパンダを増やす活動、かつ地域活性化への取り組みをされていました。

リニューアル後はさらにパンダが増え「パンダ公園」の要素は健在。
まず、公園の名称版に正式に「パンダ公園」と表記され、パンダのイラストも追加されていますね。(^_^)
そして画像のパンダのぐらぐら遊具(呼び名が分からない……)が2機加わっています。



すべり台には可愛らしいパンダが3頭デザインされています。(^_^)





広場のタイルにもパンダが。
よく見ると2015年訪問時とデザインが変わっています。
当時のレポートが今見ると幼稚なのであまり読み比べてほしくないのが本音ですが。(^_^;)笑



「パンダ公園」の愛称のきっかけになったパンダのコンクリート像は、場所が変わっていますが無事に健在でした。(^_^)
昔はこの像が2体あったとの事ですが、私が物心ついた時にはすでに1体しか無かったように思います(老朽化か破損で撤去?)。
マンガ「おそ松くん」に登場するイヤミの「シェー!」のポーズで造られているという噂があります。



2015年訪問時にいらっしゃったこちらの4足歩行パンダも健在。
「パンダフル」発足後(2010年代?)に厚別区の公園から移設されたものらしいです。
数年に一度、地域住民らでお色直しも行われているようですよ。


(2024年訪問)
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【有珠山噴火遺構】昭和新山鉄橋遺構公園

2024-09-14 22:53:08 | ホルマリン漬け北海道 大自然の驚異編


(2024年訪問)

さて、洞爺湖温泉街周辺の遺構を巡りながら有珠山の2000年噴火、1977年噴火と見てきたが、同山はさらに遡ること34年前の1944(昭和19)年にも大規模噴火を起こしている。
火砕流の降下や地殻変動などの災害が起こり幼児1名の犠牲者が出た。
そして何と言っても、この1944年噴火を最も象徴する出来事といえば標高398メートルの「昭和新山」の誕生である。



当時、有珠山周辺地域では43年12月から地殻変動が発生。地面の隆起が日増しに大きくなり、ついに44年6月に第1次噴火となった。
45年9月まで続いた火山活動により地底で固まった粘度の高い溶岩が押し上げられ、平坦な麦畑だったという一帯がモリモリと盛り上がり現在の迫力ある活火山となったのである。
現在、国の特別天然記念物であり、気象庁により常時観測火山に指定されている。


洞爺湖温泉街から昭和新山をぐるりとまわりこんだ場所に、一帯の隆起の被害を静かに物語る場所がある。それが今回の「昭和新山鉄橋遺構公園」。
国道に面して見落としてしまいそうなほどの小さな看板と、数台の駐車スペースがある。
散策路に入ると、すぐさま中々に勾配のある斜面を登らなくてはならず息が切れるが、ここも昭和新山の隆起によって形成された地形だろうか。



訪問時は5月初旬という事で、ヒグマが冬眠から目を覚ましたばかりの怖い時期。
あまり山林に入りたくないなと気を揉みながらしばらく歩くと、傾いたコンクリートの構造物とベンチが置かれている広場に到着した。



こちらの2基あるコンクリートの構造物が、今回のお目当て。
旧・胆振縦貫鉄道/旧・国鉄胆振線の橋脚跡である。



カメラを水平にして遺構を覗いてみると、地面の隆起でかなり傾いて崩壊してしまっているのが分かる。


胆振縦貫鉄道は1937(昭和12)年に着工し、41年に伊達~大滝~喜茂別間59.2キロが開通。44年に国鉄胆振線となり距離は京極までの70キロとなった。
鉄鉱石、木材、農産物の輸送に大きな役割を果たしたが、鉱山の閉山などにより86年に廃止となった。



2つの橋脚のすぐ脇に、洞爺湖有珠山ジオパークの案内板がある。



胆振縦貫鉄道の維持は常に地殻変動との戦いだったようである。
鉄路は火山活動により日々押し出されたり隆起したりし、この復旧作業に多くの人員が動員された。
鍬、スコップ、もっこのみの手作業で変化し続ける土地を均し、線路の水平を保ったというが、前日に問題の無かった箇所も翌朝にはグニャグニャに曲がっているという状況だったそうだ。
作業には地元の人だけでなく囚人など、延べ数百人が携わったという。



鉄道が通っていた1939年に撮影された写真があった。現在とは全く異なる田園地帯であることが分かる。ここからわずか6年で一帯の地形がデコボコになってしまったことが驚きである。
急斜面の上にあるこの橋脚の広場と、車を停めてきた麓の駐車スペースはかつて同じ高さにあったのである。
なお、この辺りにはサケ・マスの養殖を行っていた「フカバ」という11戸の集落があったというが、地殻変動により営みは途絶え、集落も消えてしまった。

完。
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