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十勝地方南部、太平洋に接して位置する広尾郡大樹町といえば、先日、観測ロケットの打ち上げ(結局延期になっちゃったけどね)で話題となった「宇宙のまち」であるが、街の外れの旭浜には、ちょっと他の地域では見られないような異様な風景が広がっている場所がある。
太平洋戦争末期に建てられた10基近くのトーチカ(※)がそのまま打ち棄てられ、今も波に洗われ続ける海岸。
波打ち際に沿って、いくつもの荒れ果てたトーチカが点々と、砂に埋もれかけながらも残っているという、我々廃墟・遺跡マニアにとっては垂涎の戦争遺跡海岸といえよう。
※トーチカ:軍事的に重要な地点を守るため、コンクリート等で造られた小型の防衛用陣地
調べてみると、ここ大樹町を含む十勝の太平洋沿岸は海岸近くまで水深が深く、戦時中はアメリカ軍の上陸有力地点として警戒されていたという。
今も海岸に残る旭浜のトーチカ郡は、旧日本軍の命令により、太平洋戦争末期の昭和19年に建てられたものの一部だという。
最終的には約40基ほどが建てられたが、結局は一度も使用されることなく終戦を迎えた。
その後、護岸工事等により失われてしまったトーチカも数多いが、現在、大樹町では旭浜とその内陸部に15基のトーチカが現存確認されているとの事。今回は、海岸沿いに残る1号~8号トーチカまでを見て来た。
以下、訪問記録である。
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2017年6月某日。
…いきなりだが、目指す大樹町、札幌からだとともかく遠い。
連休が取れなかったため、仕事終わりの夜9時半に、そのまま車に寝袋を積んで出発。
暗闇の中、まずは襟裳岬方面を目指して日高地方を南下する。
人っ子ひとりいない漁村と漆黒の太平洋に恐怖しながらも、新冠→浦河→様似と進んだ所でこの日はタイムオーバー。既に深夜1時半である。
不気味に波の音だけが響く無人の海岸駐車場に車を停め、そのまま車中泊。
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翌日、濃霧の丘陵地帯を進み、朝9時にようやく襟裳岬突端へ立つ。
浦河以南へ来たのは初めてであったため、中々に達成感がある。
ずっと気になっていた「風の館」など観光もしつつ、のんびりと襟裳岬周辺を堪能した。
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結局、目的の大樹町旭浜へ到着したのは、同日の午前11時半。
漁港から少し外れた所に海岸へ降りる未舗装路をようやく見つけ、思い切って突っ込む。
砂利が深くなってきたので車で進むのを諦め、さて、トーチカ地帯めがけて歩いていくか!と降り立ったのが上の写真だ。
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地図で確認すると、現在地からトーチカ郡までは微妙に離れているようで、ひとまず砂利の中をザクザク進んでゆく(一応、車が通った跡がある)。
ジムニーかランドクルーザーだったら突破できそうなのだが、私のハッチバック車だったら車高が低いので即アウトだ。
5分ほど歩くと、護岸工事で綺麗に整備された箇所が現れ、そこに残る最初のトーチカが見えてきた。
8号トーチカ
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ここから海岸沿い(豊頃町方面)に向かって、順番に7号、6号…と番号が付けられているようだ。
この8号は海岸にある物の中でも比較的内陸側に位置し、土台も高い。半分宙に浮いた状態になっているのは波によって削り取られた為であろう。
小さく開いた長方形の穴が「銃眼穴」とよばれるもの。
すぐ先には7号と6号トーチカが見えており、このまま波打ち際を進んで行きたいのだが、本日は中々に海が荒れており、狭い海岸に終始波が押し寄せている状況。
実際、2つのトーチカは先ほどから若干波に浸かっており、このまま近くを歩いていけば波に足を持って行かれかねない。
少々危険と判断したので、この先、やや高くなった防波堤部分を慎重に進んで行く事にした。
危険な秘境をいくつも探検した身ではあるが、波の高い海沿いを歩くのはさすがに怖い。
7号トーチカ
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6号トーチカ
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いずれもコンクリートは欠け、土台は浸食により傾いてしまっている。また、砂に埋もれかけているので、入口から中に入る事はできなさそうだ。
なお、2基の銃眼穴はそれぞれ向かい合わせに設置されていた。
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2基の横を足早に通り過ぎると、海岸部分が若干広くなったので、ホッとして防波堤部分から降りる。
先を見渡してみると、この先の5号、4号、3号、2号…のトーチカが並んでいるのがボンヤリと見える。
波飛沫のせいで霧がかっており、まるで蜃気楼のような不思議な光景だ。
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この辺は波が来ていないので、ようやくトーチカに近づく事ができた。
…にしても、玉砂利が数多く含まれた粗悪なコンクリートだ。さらに、コンクリートが欠けて内部の木材が見えている箇所すらある。
調べたところ、当時は資材不足により、予定されていた鉄筋コンクリート製は叶わずにコンクリートと木枠を用いての施工となってしまったようだ。当然、あまり質の良い防衛設備とは言い難い。
5号トーチカ
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トーチカの建設は日本軍だけでなく、地元住人も動員されて行われたそうだ。
造られた物の中には丸太を組み合わせた木製トーチカもあったという。
なお、現在ではこのように構造物丸出しの状態だが、完成当初は土や砂に埋まった状態だったらしい。
年月の経過による風化でこのように構造物が露わになっているわけである。
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外側から銃眼穴を覗いてみる。
10年以上前に探索した方のレポートでは内部に入れたようであるが、年月が経った今では半分以上がすっかり埋まってしまっている。
4号トーチカ
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海岸には、こちらも粗悪なコンクリで造られた円形の構造物も埋まっていた。下水管か?
また、例に漏れず漂着物がかなり多く、散策してみると中々楽しい。
3号トーチカ
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2号トーチカ
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先述した10年以上前のレポートと比較すると、付近の地形もだいぶ変化しているようだ。
レポート内の写真では、トーチカのすぐ側まで土手が迫っていたが、すっかり波によって削り取られ、トーチカのみポツンと取り残された状態になっている。
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他に比べて、こちらは辛うじて砂に埋まりきっておらず中に入る事ができそうだ。身をかがめて、狭い入口から早速入ってみる。
通路は逆コの字型に折れ曲がり、その先の小さな部屋へ繋がっていた。
この構造は、万が一の時に爆風を食い止めるためと思われる。
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通路の天井は薄い木製の板。故に、中へ入った途端、木造家屋のような木の匂いがうっすら漂う。
そして部屋の中心部には、上部へとつながる四角い穴のようなものが。空気穴だろうか?
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銃眼穴から太平洋を望むと、今まで感じた事のない高揚感が。
部屋自体は思ったほど狭くはないので、閉塞感というか窮屈な感じはあまりしなかった。
1号トーチカ
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最後に現れたこのトーチカも、10年程前は土手と繋がっていたようだが…。
現在は上部にかぶさる土がその過去を静かに証明する。
最初の8号トーチカからここまで、1キロ少しの距離だろうか。
この先、海岸は当縁川支流にいったん分断されるが、その向こうに2基のトーチカがあり、少し離れた場所には更に3基のトーチカが存在しているというが、今回の探索はここまでとする。
この先の5基の探索記録は探してもあまり見当たらないが、到達困難なのか場所があまり知られていない為なのかは不明である。
なお、海岸から少し内陸側の山林にも2基が確認されており、うち1基は平成20年に発見された比較的新しいもので、見学コースも整備されているそうだ。
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1号トーチカ付近より、辿ってきた方向を振り返る。
波が荒くなってきたようで、序盤に見たトーチカ達は軽く波を被っているようにも見える。
なんとも荒涼たる光景であると共に、傾いた人工物が海岸に埋もれる様は、何やら『猿の惑星』チックだ。
こんな風景、ここ旭浜以外では見られまい。
※参考
大樹町公式ホームページ
イン ジ エア
完。
(2017年6月訪問)