990 よみ人知らず
よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山のみねのしら雲
991 よみ人知らず
音にのみありと聞きこしみ吉野の滝は今日こそ袖に落ちけれ
992 柿本人麿
あしびきの山田守る庵に置くかびの下焦れつつわが恋ふらくは
993 柿本人麿
石の上布留のわさ田のほには出でず心のうちに恋ひや渡らむ
994 在原業平朝臣
春日野の若紫のすりごろもしのぶのみだれかぎり知られず
995 延喜御歌
紫の色にこころはあらねども深くぞ人をおもひそめつる
996 中納言兼輔
みかの原わきて流るるいづみ河いつ見きとてか恋しかるらむ
997 坂上是則
その原やふせやに生ふる帚木のありとは見えて逢はぬ君かな
998 藤原高光
年を経ておもふ心のしるしにぞ空もたよりの風は吹きける
999 西宮前左大臣
年月はわが身に添へて過ぎぬれど思ふ心のゆかずもあるかな
1000 大納言俊賢母
諸共に哀といはずは人知れぬ問はずがたりをわれのみやせむ
1001 中納言朝忠
人伝に知らせてしがな隠沼のみごもりにのみ恋ひや渡らむ
1002 大宰大弐高遠
みごもりの沼の岩垣つつめどもいかなるひまに濡るる袂ぞ
1003 謙徳公
から衣袖にひとめはつつめどもこぼるるものは涙なりけり
1004 前大納言公任
天つ空豊のあかりに見し人のなほおもかげのしひて恋しき
1005 謙徳公
あら玉の年にまかせて見るよりはわれこそ越えめ逢坂のせき
1006 本院侍従
わが宿はそことも何か教ふべきいはでこそ見め尋ねけりやと
1007 忠義公
わがおもひ空の煙となりぬれば雲居ながらもなほ尋ねてむ
1008 紀貫之 ○
しるしなき煙を雲にまがへつつ世を経て富士の山と燃えなむ
1009 清原深養父 ○
煙立つおもひならねど人知れずわびては富士のねをのみぞなく
1010 藤原惟成
風吹けば室の八島のゆふけぶり心の空に立ちにけるかな
1011 藤原義孝
白雲のみねにしもなど通ふらむ同じみかさの山のふもとを
1012 和泉式部 ○
今日も又かくやいぶきのさしも草さらばわれのみ燃えや渡らむ
1013 源重之
筑波山端山繁山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり
1014 大中臣能宣朝臣
われならむ人に心をつくば山したに通はむ道だにやなき
1015 大江匡衡朝臣 ○
人知れずおもふ心はあしびきの山した水の湧きやかへらむ
1016 清原元輔
匂ふらむ霞のうちのさくら花おもひやりても惜しき春かな
1017 大中臣能宣朝臣
幾かへり咲き散る花を眺めつつもの思ひ暮らす春に逢ふらむ
1018 凡河内躬恒 ○
奥山の峰飛び越ゆる初雁のはつかにだにも見でややみなむ
1019 亭子院御歌 ○
大空をわたる春日の影なれやよそにのみしてのどけかるらむ
1020 謙徳公
春風の吹くにもまさるなみだかなわがみなかみも氷解くらし
1021 謙徳公 ○
水の上に浮きたる鳥のあともなくおぼつかなさを思ふ頃かな
1022 曾禰好忠
かた岡の雪間にねざす若草のほのかに見てし人ぞこひしき
1023 和泉式部 ○
あとをだに草のはつかに見てしがな結ぶばかりの程ならずとも
1024 藤原興風 ○
霜の上に跡ふみつくる浜千鳥ゆくへもなしと音をのみぞ鳴く
1025 中納言家持
秋萩の枝もとををに置く露の今朝消えぬとも色に出でめや
1026 藤原高光 ○
秋風にみだれてものは思へども萩の下葉の色はかはらず
1027 花園左大臣
わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり
1028 摂政太政大臣
いそのかみふるの神杉ふりぬれど色には出でず露も時雨も
1029 太上天皇
わが恋はまきの下葉にもる時雨ぬるとも袖の色に出でめや
1030 前大僧正慈円
わが恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風さわぐなり
1031 摂政太政大臣
空蝉の鳴く音やよそにもりの露ほしあへぬ袖を人のとふまで
1032 寂蓮法師
思あれば袖に螢をつつみてもいはばやものをとふ人はなし
1033 太上天皇
思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮のそら
1034 式子内親王
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
1035 式子内親王
忘れてはうち歎かるるゆうべかなわれのみ知りて過ぐる月日を
1036 式子内親王
わが恋は知る人もなしせく床のなみだもらすな黄楊の小まくら
1037 入道前関白太政大臣
忍ぶるにこころの隙はなけれどもなほもるものは涙なりけり
1038 謙徳公
つらけれど恨みむとはたおもほえずなほ行くさきを頼む心に
1039 よみ人知らず
雨こそは頼まばもらめたのまずは思はぬ人と見てをやみなむ
1040 紀貫之
風吹けばとはに波こす磯なれやわがころも手の乾く時なき
1041 藤原道信朝臣 ○
須磨の蜑の浪かけ衣よそにのみ聞くはわが身になりにけるかな
1042 三条院女蔵人左近
沼ごとに袖ぞ濡れけるあやめ草こころに似たるねを求むとて
1043 前大納言公任
時鳥いつかと待ちし菖蒲草今日はいかなるねにか鳴くべき
1044 馬内侍
さみだれはそらおぼれする時鳥ときになく音は人もとがめず
1045 法成寺入道前摂政太政大臣
時鳥こゑをば聞けど花の枝にまだふみなれぬものをこそ思へ
1046 馬内侍
時鳥しのぶるものをかしは木のもりても声の聞えけるかな
1047 馬内侍 ○
心のみ空になりつつほととぎす人だのめなる音こそなかるれ
1048 伊勢
み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟のわれをばよそに隔てつるかな
1049 伊勢
難波潟みじかき葦のふしのまもあはでこの世を過ぐしてよとや
1050 柿本人麿
み狩する狩場の小野のなら柴の馴れはまさらで恋ぞまされる
1051 よみ人知らず ○
有度浜の疎くのみやは世をば経む波のよるよる逢ひ見てしがな
1052 よみ人知らず
東路の道のはてなる常陸帯のかごとばかりも逢ひ見てしがな
1053 よみ人知らず
濁江のすまむことこそ難からめいかでほのかに影を見せまし
1054 よみ人知らず
時雨降る冬の木の葉のかわかずぞもの思ふ人の袖はありける
1055 よみ人知らず
ありとのみおとに聞きつつ音羽川わたらば袖に影も見えなむ
1056 よみ人知らず ○
水茎の岡の木の葉を吹きかへし誰かは君を恋ひむとおもひし
1057 よみ人知らず ○
わが袖に跡ふみつけよ浜千鳥逢ふことかたし見てもしのばむ
1058 中納言兼輔 ○
冬の夜の涙にこほるわが袖のこころ解けずも見ゆる君かな
1059 藤原元真 ○
霜こほりこころも解けぬ冬の池に夜ふけてぞ鳴くをしの一声
1060 藤原元真 ○
なみだ川身も浮くばかりながるれど消えぬは人の思なりけり
1061 藤原実方朝臣
いかにせむくめぢの橋の中空に渡しも果てぬ身とやなりなむ
1062 藤原実方朝臣 ○
たれぞこの三輪の桧原も知らなくに心の杉のわれを尋ねる
1063 小弁 ○
わが恋はいはぬばかりぞ難波なる葦のしの屋の下にこそたけ
1064 伊勢
わが恋はありその海の風をいたみ頻りによする波のまもなし
1065 藤原清正 ○
須磨の浦に蜑のこりつむ藻塩木のからくも下にもえ渡るかな
1066 源景明 ○
あるかひもなぎさに寄する白波のまなく物思ふわが身なりけり
1067 紀貫之 ○
あしびきの山下たぎつ岩浪のこころくだけて人ぞこひしき
1068 紀貫之 ○
あしびきの山下しげき夏草のふかくも君をおもふころかな
1069 坂上是則
をじかふす夏野の草の道をなみしげき恋路にまどふころかな
1070 曾禰好忠 ○
蚊遣火のさ夜ふけがたの下こがれ苦しやわが身人知れずのみ
1071 曾禰好忠
由良のとをわたる舟人かぢをたえ行方も知らぬ恋のみちかな
1072 権中納言師時
追風に八重の塩路を行く舟のほのかにだにもあひ見てしがな
1073 摂政太政大臣
かぢをたえ由良の湊による舟のたよりも知らぬ沖つしほ風
1074 式子内親王
しるべせよ跡なきなみに漕ぐ舟の行方も知らぬ八重のしほ風
1075 権中納言長方 ○
紀の国や由良の湊に拾ふてふたまさかにだにもあひ見てしがな
1076 権中納言師俊 ○
つれもなき人の心のうきにはふ葦の下根のねをこそはなけ
1077 摂政太政大臣 ○
難波人いかなる江にか朽ちはてむ逢ふ事なみにみをつくしつつ
1078 皇太后宮大夫俊成
蜑のかるみるめをなみにまがへつつ名草の浜を尋ねわびぬる
1079 相模 ○
逢ふまでのみるめ刈るべき方ぞなきまだ波馴れぬ磯のあま人
1080 在原業平朝臣
みるめ刈るかたやいづくぞ棹さしてわれに教へよ海人の釣舟
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