新古今和歌集の部屋

絵入源氏物語 亥子の餅 葵 蔵書

源氏五十四帖 薄雲 歌川国政浮世絵コレクション

 


みちやうのうちにさしいれておはしにけり。人まにから

うしてかしらもたげ給へるに、ひきむすびたる文、御

まくらのもとにあり。なに心゛もなくひきあけてみ給へば
   源
   あやなくもへだてけるかなよをかさねさすが

になれし中のころもを。とかきすさひ給へるやう
   紫心源ノ事を云也
なり。かゝる御心おはすらんとはかけてもおぼし

よらざりしかば、などてかう心うかりける御心を、うら

なくたのもしきものに思ひきこえけんと、あさま
         源            詞
しうおぼさる。ひるつかたわたり給て、なやましげ

にし給らんは、いかなる御心ちぞ。けふはごもうた
                      紫
で、さう/"\しやとてのぞき給へば、いよ/\御ぞひき

                                  源
かづきてふし給へり。人々゛しりぞきつゝさふらへば、より
    源
給て、などかくいぶせき御もてなしぞ。思ひのほ

かに心うくこそおはしけれな。人もいかにあやし

とおもふらんとて、御ふすまをひきやり給へれば

あせにをしひたして、ひたいがみもいたうぬれ給
    源詞
へり。あなうたて、これはいとゆゝしきわざよとて、

よろづにこしらへきこえ給へど、まことにいとつら
                            源詞
しと思ひ給て、つゆの御いらへもし給はず。よし

/\さらにみえたてまつらじと、いとはつかし

などゑじ給て、御すゞりあけてみ給へど、もの

もなければ、わかの御心ありさまやと、らうたく

見奉り給て、日ひとひいりゐてなぐさめきこえ
             み
給へど、とけがたき御けしきいとゞらうたげなり。そ

のよさりゐのこのもちゐまいらせたり。かゝる思ひ

のほどなれば、こと/\しきさまにはあらで、こなたば

かりにおかしげなるひわりごなどはかりを、いろ/\
                源
にてまいれるを見給て、君みなみのかたに出給て、

これみつをめして、このもちゐ、かうかず/\にところせ

きさまにはあらで、あすのくれにまいらせよ。けふは

いま/\しき日なりけりと、うちほゝゑみての給ふ

御けしきを、心とき物にて、ふと思ひよりぬ。これみつ

たしかにうけ給はらで、げにあいきやうのはじめは、


御帳の内に差し入れておはしにけり。人間にからうして頭もたげ給へるに、引

き結びたる文、御枕の元にあり。何心も無く引き開けて見給へば、

   あやなくも隔てけるかな夜を重ねさすがに馴れし中の衣を

と書きすさび給へるやうなり。係る御心おはすらんとは、かけてもおぼし寄ら

ざりしかば、などて、かう心憂かりける御心を、うらなく頼もしき物に思ひ聞

こえけんと、浅ましうおぼさる。

昼つ方渡り給ひて、「悩ましげにし給ふらんは、いかなる御心地ぞ。今日は碁

も打たで、そうぞうしや」とて覗き給へば、いよいよ御衣引きかづきて臥し給

へり。人々退きつつ侍へば、寄り給ひて、「などかくいぶせき御もてなしぞ。

思ひの他に心憂くこそおはしけれな。人もいかに奇しと思ふらん」とて、御衾

を引き遣り給へれば、汗に押し浸して、額髪もいたう濡れ給へり。「あなうた

て、これはいと由々しき業よ」とて、万づにこしらへ聞こえ給へど、真にいと

辛しと思ひ給て、露の御答(いら)へもし給はず。「よしよし。更に見え奉ら

じと、いと恥づかし」など怨(ゑ)じ給ひて、御硯開けて見給へど、物も無け

れば、若の御心有樣やと、らうたく見奉り給て、日一日入り居て、慰め聞こえ

給へど、解け難き御気色、いとどらうたげなり。

その夜さり、亥子の餅(もちゐ)參らせたり。係る思ひの程なれば、ことこと

しき樣にはあらで、こなたばかりに、おかしげなる檜破籠などばかりを、色々

にて參れるを見給ひて、君、南の方に出で給ひて、惟光を召して、「この餅、

かう数々に所狭(せ)き樣にはあらで、明日の暮れに參らせよ。今日は忌々し

き日なりけり」と、打ち微笑みて宣ふ御気色を、心疾(と)き物にて、ふと思

ひ寄りぬ。惟光、確かに受け給はらで、「実に愛敬の始めは、


和歌

あやなくも隔てけるかな夜を重ねさすがに馴れし中の衣を

意味:どうして今まで貴女と何でもない関係にいたのだろうか?何度も一緒に寝て、馴れていたのに、二人を隔てていた中の衣を脱がせて夫婦の関係になった。

備考:「綾」、「隔て」、「重ね」、「馴れ」は「衣」の縁語。青表紙本は、「夜の」とあるが、肖柏本と書陵部本、河内本と別本の陽明文庫本も「中の」とある。

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