十巻
源氏廿二才の九月より廿四の夏迄有
斎宮の御くだりちかう成行まゝに、
みやす所もの心ぼそくおもほす。やむ
御息所心
ごとなくわづらはしき物におほえ給
葵
へりし、大殿の君もうせ給ひて後、
の のゝ宮にてのふ
さりともと世人も聞えあつかひ、みや
のうちにも心どきめきせしを、そのゝち
しもかきたえ、あさましき御もて
なしをみ給に、まことにうしとおぼす
ことこそ有けめと、しりはて給ひ
ぬれば、よろづの哀をおぼしすてゝ、
ひたみちにいでたち給。おやそひて
くだり給れいもことになけれど、
いと見はなちがたき御ありさまなる
にことつけて、うき世をゆきはなれ
源氏
なんとおぼすに、大将の君さすがに
いまはと、かけはなれ給なんもくち
おしうおぼされて、御せうそこば
かりは哀なるさまにて、たび/\かよふ。
たいめんし給はんことをば、今さらに
御息所心 源
有まじきことゝ、女君もおぼす。人は
心づきなしと、思ひをき給ふことも
御息所
あらんに、われは今すこし思ひみだ
るゝことのまさるべきを、あいなしと
六条京極の宮也
心づよくおぼすなるべし。もとの殿に
はあからさまにわたり給おり/\あ
源
れど、いたう忍び給へば、大将殿えし
り給はず。たはやすく御心にまかせて、
野宮也
まうで給べき御すみかにはたあら
ねば、おぼつかなくて、月日もへだゝ
りぬるに、院のうへおどろ/\しき
御なやみにはあらで、例ならず時々
源氏
なやませ給へば、いとゞ御心のいとま
なけれど、つらき物に思ひはて給
なんもいとおしく、人きゝなさけなく
やとおぼしをこして、のゝ宮にまうで
給。九月七日ばかりなれば、むけにけふ
御息所
あすとおぼすに、女がたも心あはたゝ
源
しけれど、たちながらと、たび/\御せう
/御息所心
そこ有ければ、いてやとはおぼしわづらひ
ながら、いとあまりむもれいたきを、物
ごしばかりのたいめんはと、ひとしれず
源 の
まち聞え給けり。はるけき野べ
を分いり給より、いと物哀なり。秋の
はなみなおとろへつゝ、あさぢがはらも
かれ/"\なる虫のねに、松風すごく
吹あはせて、そのことゝも聞わかれぬ
ほとに、ものゝねどもたえ/"\聞え
たる、いとえんなりむつましきごぜん、
斎宮の御下り近う成り行くままに、御息所もの心細く思ぼす。
やむごとなく煩はしき物に覚え給へりし、大殿の君もうせ給
ひて後、さりともと世の人も聞えあつかひ、宮のうちにも心
ときめきせしを、その後しも、かき絶え、あさましき御もて
なしを見給ふに、誠に憂しとおぼすことこそ有りけめと、知
り果て給ひぬれば、よろづの哀をおぼし捨てて、ひたみちに
出でたち給ふ。親添ひて下り給ふ例も、ことになけれど、い
と見放ちがたき御有樣なるにことづけて、憂き世を行き離れ
なんとおぼすに、大将の君、さすがに今はと、かけ離れ給ひ
なんも、口惜しうおぼされて、御消息ばかりは、哀なる樣に
て、度々通ふ。対面し給はんことをば、今さらに有るまじき
ことと、女君もおぼす。人は心づきなしと、思ひ置き給ふこ
ともあらんに、我は今すこし思ひ乱るることのまさるべきを、
あいなしと心強くおぼすなるべし。
もとの殿には、あから樣にわたり給ふおりおりあれど、いた
う忍び給へば、大将殿え知り給はず。たはやすく御心にまか
せて、まうで給ふべき御住処に、はたあらねば、おぼつかな
くて、月日も隔たりぬるに、院の上、おどろおどろしき御な
やみにはあらで、例ならず時々なやませ給へば、いとど御心
の暇なけれど、つらき物に思ひ果て給ひなんもいとおしく、
人聞き情けなくやとおぼし起こして、野宮にまうで給ふ。九
月七日ばかりなれば、むげに今日明日とおぼすに、女方も心
あはただしけれど、立ちながらと、度々御消息有りければ、
いでやとはおぼしわづらひながら、いと余りむもれいたきを、
物越しばかりの対面はと、人知れず待ち聞え給ひけり。
遥けき野辺を分け入り給ふより、いと物哀なり。秋の花みな
衰へつつ、浅茅が原も枯れがれなる虫のねに、松風すごく吹
きあはせて、そのこととも聞き分かれぬほどに、物のねども、
絶え絶え聞えたる、いと艶なり。むつまじき御前、
写真:みやこめっせ前 源氏物語石造