尾張廼家苞 三
かり侍けるにかし侍ざりければ 西行
世中をいとふまでこそかたからめかりのやどりをゝしむ君かな
四の句は、旅の宿に、此世をかりのやどりといふを兼たり。
(一首の意は、われらのやうに世中をいとふ事こそかたくはあらめ。
たゞこよひ一夜のかりのやどりなるに、それさへをしみ給ふと也。)
かへし 遊女妙
世をいとふ人としきけばかりの宿に心とむなとおもふ計ぞ
宿かしまゐらせざるは、たゞしか/"\とおもふのみにこそあれ。をしむ
には侍らずと也。(一首の意、世をいとふ人ときゝ及し故、執着をきら
ふ事なれば、かりの宿に心とめ、たまふなとての事
となり。)
和歌所にてをのこども旅の哥つかうまつり
けるに 定家朝臣
袖にふけさぞな旅ねの夢もみし思ふかたよりかよふ浦風
さぞなとは、夢もえみざらむことをかねておしはかりていふ也。
さて夢のみえむにこそ風をもいとふべけれ、とても夢はみゆ
まじければ、おもふ方より吹来る風なれば、我袖にふけ
と也。(おもふ方よりは、都の方より也。一首の意は、さぞかし旅ねでは夢も
みえまいほどに、おもふ都の方からふく浦風ならば、わが袖にふけと也。)
家隆朝臣
たびねする夢路はゆるせうつの山關とはきかずもる人もなし
一首の意かくれ
たる所なし。
詩を哥に合侍しに山路秋行 定家朝臣
みやこにも今や衣をうつの山夕露はらふ蔦の下道
露ふりて寒き山路の夕暮に故郷の夜寒をも思ひやり
て、今や衣をうつらんと也。一首の意は、うつの山の蔦の下道を、夕
露打はらひつゝゆくに、はだへ寒き事をお
ぼゆれば、都にても 衣をたゝくさまと
夜をうつらんやと也。 露をはらふとて手して衣うつさまと似
たにつきて思やれる意も、あまりのにほひにておもし
ろし。(作者は心もつかざりし事ならんと正明はおもふ也。かやう
のすぢをたくみ、なりとて學ばんには、其歌左道なるべし)うつの
山に蔦の下道をよむは、伊勢物語の詞によれり。
長明
袖にしも月かゝれとはちぎりおかず涙やしるやうつの山越
月をかゝれとは涙の縁をもていへるにてかくあれと
いふをかねたり 四の句は月影袖にかゝる故を我
はしらず涙はしれりやと問かけたる也。一首の意はうつの山
ごえで袖にかうまで
多くかゝれと月に契約はせざりし也涙はさやうにちぎりし事
をしりたりやと也涙のおびたゞしくこぼるゝに月のうつれるを
あやしげによみなしたる也二ノ句は四ノ句しるやに應じて的切也と正
明はおもふ也下句本説よろしといふ人ありげにきこえたる説なれば
人えらび
取べし さて此歌月の縁の詞なく 四の句は月のうつ
る事なれば此比の
人は別に縁の縁の詞をもとめざりし也必かげ
てるなど縁の詞をいるゝは為家卿流也 うつの山の縁もなし(これは
其所
にてかやうの事ありてよめりし也と思へば難なし必夢うつゝ蔦楓と
いはでもよろしかるべし こは題詠ながらその心ばへにて物らざりし
物也今も此集の姿をこひねがはん哥人は
あながちに拘らでもありなんと正明はおもふ。)
慈圓大僧正
立田山秋ゆく人の袖をみよ木〃の梢はしぐれざりけり
秋ゆく人は、秋のころこえ行人なり。袖をみよとは袖の色
※鴨長明の解説部分は句読点も無く、意味不明な部分が多いがそのまま記載した。