と読てやれりければ、みのもかさも取あへで、しとゞにぬれてまどひきにけり。
百八
むかし女、人の心をうらみて、
風ふけばとばに波こす岩なれやわが衣手のかはく時なき
と、つねのことぐさにいひけるを、聞おひけり男
宵ごとに蛙のあまたなく田には水こそまされ雨はふらねど
百九
むかし男、友だちの人をうしなへるがもとにやりける。
古今
花よりも人こそあだに成にけりいづれをさきに恋んとかみし
百十
昔男、みそかにかよふ女有けり。それがもとより、こよひ夢になん
見へ給ひつゝといへりければおとこ、
思ひあまり出にし玉の有ならん夜ふかくみへば玉むすびせよ
百十一
昔男やんごとなき女のもとに、なく成にけるを、とぶらふやうにていひやりける
いにしへは有もやしけん今ぞしるまだ見ぬ人をこふる物とは
かへし
下紐のしるしとするもとけなくにかたるかごとは恋ずぞ有べき
新古今和歌集館第十一 恋歌一
題知らず 紀貫之
風吹けばとはに波こす磯なれやわがころも手の乾く時なき
よみ:かぜふけばとわになみこすいそなれやわがころもでのかわくときなき
備考:貫之集では「絶えず波こす」、伊勢物語では「岩なれや」となっている。
又かへし
恋しとはさらにもいわじ下紐のとけんを人はそれとしらなん
後撰
百十二
昔男、念比にいひちぎりける女の、ことざまになりにければ
同
すまのあまの塩やくけぶり風をいたみ思はぬ方にたな(引)にけり
百十三
むかし男、やもめにてゐて
長からぬ命のほどにわするゝはいかにみじかき心なるらん
百十四
むかし仁和のみかど、せり川に行幸し給ひける時今はさる事な
れなく思ひけれど、もとつきにける事なれば、おほたかの鷹がひに
てさぶらはせ給ひける。すりかり衣のたもとに書付ける。
翁さび人なとがめそかり衣けふばかりとぞ田鶴もなくなる
おほやけの御けしきあしかりけり。をのがよはひを思ひけれど、
わかゝらぬ人は聞をひけりとや。
百十五
昔みちの国にて男女住けり。男都へいなんといふ。此女いとかな
しうて、馬のはなむけをだにせんとておきの井てみやこ嶋と
※百十二段の同とあるのは、古今集(恋歌四 よみ人知らず)の間違い。