芭蕉一座連句 139巻 歌仙 しあきんと 其角 天和二年歳暮
酒債尋常住処有
人生七十古来稀
表
1 しあきんととしをむさほるさかてかな 詩商人年を貪る酒債哉 其角 冬
2 とうこひくれてうまにのするこひ 冬湖日暮て馬に駕する鯉 芭蕉 冬
3 ほこにふきえひすにせきをゆるすらん 戈鈍き蝦夷に関を許すらん 同 雑
4 さみせんひとのおにをなかしむ 三線人の鬼を泣かしむ 角 雑
5 つきはそてこほろきねむるひさのうへに 月は袖蟋蟀眠る膝の上に 同 月
6 しきのはしはるよるふかきなり 鴫の羽しばる夜深き也 蕉 秋
裏
7 はちしらぬそうをわらふかくさすすき 恥知らぬ僧を笑ふか草薄 同 秋
8 しくれやまさきからかさをまふ 時雨山崎唐笠を舞ふ 角 冬
9 ささたけのとてらをあゐにそめなして 笹竹の褞袍を藍に染めなして 蕉 冬
10 かりはのくもにわかとのをこふ 狩場の雲に輪若殿を恋ふ 角 雑
11 いちのひめさとのしやうかにやしなはれ 一の姫里の庄家に養はれ 蕉 雑
12 いひきなにたつといふたいをせめけり 鼾名立つと言ふ題をせめけり 角 雑
13 ほとときすうらみのりやうとなきかへり 郭公恨みの霊と啼き帰り 夏
14 うきよになつむかんしきのやせ 浮き世に泥む寒食の痩せ 角 春
15 くつははなひんおもしかさはさんたはら 沓は花貧重し笠はさん俵 春
16 はせうあるしのてふたたくみよ 芭蕉の主の蝶丁く見よ 角 春
17 くされたるはいかいいぬもくらはすや 腐れたる俳諧犬も喰らはずや 蕉 雑
18 ほちほちとしてねぬよねぬつき ぼち/\ぽちとして寐ぬ夜寐ぬ月 角 秋
名残表
19 むこいりのちかつくままにはつきぬた 婿入りの近付くまゝに初砧 同 秋
20 たたかひやんてくすうらみなし 戦ひ止んで葛うらみ無し 蕉 秋
21 あさけりにわうこんはこむらさきにいる 嘲りに黄金はこ紫に鋳る 角 雑
22 くろたひくろしおとくめかちち 黒鯛黒しおとく女が乳 蕉 雑
23 かれもかみささえのつのをまきをられ 枯れ藻髪栄螺の角を巻き折られ 角 雑
24 ましんをしとすあらうみのさき 魔神を使とす荒海の崎 蕉 雑
25 くろかねのゆみとりたけきよにいてよ 鉄の弓取り猛き世に出よ 角 雑
26 とらふところにやとるあかつき 虎懐に宿る曉 蕉 雑
27 やまさむくしすいのとこをふくあらし 山寒く四睡の床を吹く嵐 角 冬
28 うつみひきえてゆひのともしひ 埋み火消えて指の灯火 蕉 雑
29 けすきさきあしたをねたみつきをとち 下司后朝を妬み月を閉ぢ 角 月
30 すいくわをあやにつつむあやにく 西瓜を綾に包むあやにく 同 秋
名残裏
31 あはれいかにみやきののほたふきしほるらん 哀れ如何に宮城野のぼた吹き凋るらん 蕉 秋
32 みちのくのえそしらぬいしうす 陸奥の蝦夷知らぬ石臼 角 雑
33 もののふのよろひのまるねまくらかす 武士の鎧の丸寝枕貸す 雑 蕉
34 やこゑのこまのゆきをつけつつ 八声の駒の雪を告げつゝ 角 冬
35 しあきんとはなをむさほるさかてかな 詩商人花を貪る酒手哉 同 花
36 しゆんこひくれてきようにのるきん 春湖日暮れて輿に駕る吟 蕉 春