新古今和歌集の部屋

美濃の家づと 一の巻 春歌下6

駒とめて猶水かはん山うきの花の露そふ井手の玉川

めでたし、下句詞いとめでたし。猶といへる心をつくべし。

五十首歌奉りし時

暮てゆく春のみなとはしらねども霞みにおつる宇治のしば舩

春のみなとは、春のゆきとまる所をいふ。√いなとや秋のとまりなる

らむより出たり。舩に縁あることなり。下句は、川瀬も何も

見えず、立こめたる霧の中へ、くだりゆく柴舟の、ゆくへもみえぬ

を、くれてゆく春によそへて、ながめやりたる意なるべし。しら

ねどもといへるは、しらねども、まづこれをそれによそへて見るといふ

意なるべし。或抄に、春の湊はしらねども、柴舟はしりたる

やらん。霞みにおちゆくよと也といへるは、いかゞ也。もし其意ならば、

三の句しらねるを、などいはではかなはず。

題しらず               俊成卿女

いそのかみふるのわさ田をうちかへし恨みかねたるはるのくれ哉

うちかへしは、かへす/”\の意なり。初二句は序にて、さて田を

うちかへすは、春のくれによせ有。恨みかねたるとは、恨みても

かひなきをいふ。後撰恋一√うちかへし君ぞ恋しき

石上ふるのわさだのおもひいてつゝ

山家暮春               宮内卿

柴の戸をさすや日影のなごりなく春くれかゝる山のはのくも

初句、といはでといへるは、夕暮なれば、戸をさすといふをも

かねたるべし。くれかゝるなどいふかゝるは、すこしいやしき

に近き詞なれども、これは雲の縁にいひかけたれば、さもき

こえず。山ノ端に雲あれば、入日のなごりは、いよ/\ある物なるを、

名残なくといへるは、雲にうつれいたりしなごりも、なくなるまで、

くれかゝりたるをいへる也。雲にへだてゝ、なごりなしといふにはあらず。

百首歌奉りし時            摂政

あすよりはしがのはなぞの稀にだにたれかはとはんはるのふるさと

花園といふに、春の有しほどは、まれにも人のとひしこゝろをふ

くめたり。春のふるさとゝは、春の過ひにし跡をいひて、滋賀

のふるさとをかねたり。吉野に花の故郷といふに同じ。

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