五十首歌奉りし時
尋ね来て花にくらせる木の間よりまつとしもなき山のはの月
二の句、花を見てくらせるにはあらず。尋ねきて、いまだみず
して、暮ぬるよしなり。花にとへるは、花をたづねての意也。
まつとしもなきといへるにて、花は、まて共いまだみえぬ心をあ
らはせり。もし既に見たるにしては、尋ね来てといへるも詮なく、
四の句のかけ合も力なし。新拾遺集俊成卿の歌にも、√山桜
咲やらぬまはくれごとにまたでぞ見ける春のよの月、木の間、
花のかたへもひゞけり。下句、おもひかけざりし月を見て、
それもおもしろき意にても有べけれども、四の句のさま、さは
聞えず、花をこそ見むと思ふに、まちもせぬ月の出たるよと
思ひて、月をばめでぬかたに聞えていかゞか。右の俊成卿の哥は、四の
句のさま、月をもめづるかたに聞えたり。よく味ふべし。
故郷花 慈圓大僧正
ちりちらず人も尋ねぬふるさとの露けき花に春風ぞふく
めでたし。下句めでたし。露けき花と云に、見るあるじ
のさびしく、あはれなる心をもたせたり。一首の意は、春風
の吹て、庭の花ちるを、たゞひとりながめて、よめるにて、あ
はれ故郷ならぬ所の花ならば、ちるやちらずやと、人もたづね
来て、かやうにちるを見ば、をしむ人もあまたあるべきもの
を、とおもへるさまなり。
千五百番歌合に 通具卿
いそのかみふるのゝさくらたれうゑて春は忘れぬかたみなるらん
√植けん時をしる人ぞなきとあるを、誰うゑてとゝれり。
春はと切て、心得べし。忘れぬは、植けむ古へを忘れぬなり。
これらは、古今集の中の、よき哥のたぐひなり。
有家朝臣
朝日かげにほへる山のさくら花つれなくきえぬ雪かとぞ見る
めでたし。上句詞めでたし。桜花の、朝日にあたれる色は、こよ
なくまさりて、まことの雪のごと見ゆる物也。朝日影匂へる山
と云は、万葉の詞にて、それは朝日影の匂へる山なるを、此哥にては、朝
日影に山の桜の匂へるなり。つれなくと云詞、時にかなひて
いたづらならざるうへに、朝日影にもよせ有。