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新古今和歌集の部屋

謡曲 遊行柳

遊行柳

                      三番目物 観世信光

新古今和歌集の夏歌 262 西行 と雑歌上 1448 菅原道真を主題とする。遊行上人が白河の関を越えて陸奥に入ると老人が現れ、遊行聖が通った古道と朽ち木の柳を案内すると申し出、柳の朽ち木を西行がここで休んで歌を詠んだと教える。上人から十念を受け取ると柳の塚に消えて行く。その夜念仏を唱えていると柳の精が現れ、十念により草木までも成仏出来たことを喜び、柳に纏わる故事を連ねる。やがて夜が明けると翁も柳の葉も消えて朽ち木だけが残った。


ワキ・ワキツレ 歸るさの知らぬ旅衣、歸るさの知らぬ旅衣、法に心や急ぐらむ
ワキ 是は諸國遊行の聖にて候、我一遍上人の教を受け、遊行の利益を六十餘州に弘め、六十萬決定往生の御札を、普く衆生に與へ候、此程は上總國に候しが、是より奧へと心ざし候
ワキ・ワキツレ 秋津州の、國々巡る法の道、國々巡る法の道、迷はぬ月も光添ふ、心の奧を白河の、關路と聞けば秋風も、立つ夕霧のいづくにか、今宵は宿をかり衣、日も夕暮になりにけり、日も夕暮になりにけり
ワキ 急候程に、音に聞し、白河の關をも過ぎぬ、又これにあまた道の見えて候、廣き方へ行かばやと思ひ候

シテ老人 なふなふ遊行上人の御供の人に申べき事の候

ワキ 遊行の聖とは札の御所望にて候か、老足なりとも今少急ぎ給へ
老人 有難や御札をも給り候べし、先々年遊行の御下向の時も、古道とて昔の海道を御通り候ひし也、されば昔の道を教え申さむとて、はる/\是まで參りたり
ワキ 不思議や扨は先の遊行も、此道ならぬ古道を、通りしことのありしなふシテ老 昔は此道なくして、あれに見えたる一村の、森のこなたの河岸を、御通りありし海道なり、其上朽木の柳とて名木あり、かかる尊き上人の、御法の聲は草木までも、成佛の縁ある結縁たり
同 こなたいらせ給へとて、老たる馬にあらね共、道しるべ申なり、いそがせ給へ旅人。
同 さぞな所から、實さぞな所から、人跡絶て荒れ果つる、葎蓬生刈萱も、亂れ合ひたる淺茅生や、袖に朽ちにし秋の霜、露分け衣來てみれば、昔を殘す古塚に、朽木の柳枝寂びて、陰踏道は末もなく、風のみ渡る氣色かな、風のみ渡る氣色かな

シテ 是こそ昔の海道にて候へ、又是なる古塚の上なるこそ朽木の柳にて候能々御覽候へ
ワキ 扨は此塚の上なる名木の柳にて候ひけるぞや、實河岸も水絶て、川沿ひ柳朽殘る、老木はそれとも見え分かず、蔦葛のみ這ひ掛り、青苔梢を埋む有樣、まことに星霜年經りたり、扨いつの世よりの名木やらん、委しく語り給ふべし
老 昔の人の申置しは、鳥羽院の北面、佐藤兵衞則清出家し、西行と聞えし歌人、此國に下り給ひしが、比は水無月半なるに、此川岸の木の本に、暫し立寄給ひつつ、一首を詠じ給ひしなり 
ワキ 謂を聞けば面白や、扨々西行上人の、詠歌はいづれの言の葉やらん
老 六時不斷の御勤めの、隙なき中にも此集をば、御覽けるか新古今に
同 道野邊に、清水流るる柳陰、清水流るる柳陰、暫しとてこそ立ち止まり、涼みとる言の葉の、末の世々までも殘る老木は懐かしや、かくて老人上人の、御十念を給はり、御前を立つと見えつるが、朽木の柳の古塚に、寄るかと見えて失にけり、寄るかと見えて失にけり

(中入り 問答・語・問答)

ワキ 不思議や扨は朽木の柳の、われに言葉を交はしけるよと
ワキ・ワキツレ 思ひの珠の數々に、思ひの珠の數々に、御法をなして稱名の、聲うち添ふる初夜の鐘、月も曇らぬ夜もすがら、露を片敷く袂哉、露を片敷く袂哉
シテ老 ※元水羅紋海燕回る、柳条恨みを牽いて荊臺に到る。
シテ いてづらに、朽木の柳時を得て
地 今ぞ御法に合ひ竹の
シテ 直に導く彌陀の教へ
地 衆生稱念、必得往生の功力に引かれて、草木までも、佛果に到る、老木の柳、髪も亂るる、白髪の老人、忽然と顯れ、出たる烏帽子も、柳さびたる、有樣なり。

※注 さんずいに元で洞庭湖に注ぐ川の名前

ワキ 不思議やなさも古塚の草深き、朽木の柳の木の本より、其樣化したる
老人の烏帽子狩衣を着しつつ、顯れ給ふは不審なり
シテ 何をか不審し給ふらむ、はや我姿はあらはし衣の、日も夕暮の道しるべせし、其老人にて候なり
ワキ 扨は昔のしるべせし、人は朽木の柳の精
シテ 御法の精へなかりせば、無情無心の草木の、臺に至る事あらじ
ワキ 中々なれや一念十念
シテ ただ一聲の中に生るる
ワキ 彌陀の教を
シテ 身に受けて
同 此界一人念佛名、西方便有一蓮生、但使一生常不退、此華還つて爰に迎ひ、上品上生に到らん事ぞ嬉しき

シテ 釋迦すでに滅し、彌勒いまだ生ぜず、彌陀の悲願を頼まずは、いかで佛果に到るべき

地 南無や灑濁歸命頂礼本願偽りましまさず、超世の悲願に身を任せて、他力の船に法の道。
シテ 即彼岸に到らん事、一葉の舟の力ならずや
同 彼黄帝の貨狄が心、聞くや秋吹風の音に、散來る柳の一葉の上に、蜘蛛の乗りてささがにの、絲引渡る姿より、巧み出だせる船の道、是も柳の教ならずや
シテ 其外玄宗花清宮にも
同 宮前の楊柳寺前の花とて、詠め絶えせぬ、名木なり
地 そのかみ洛陽や、清水寺のいにしへ、五色に見えし瀧波を、尋ね上りし水上に、金色の光さす、朽木の柳忽ちに、楊柳観音と顯れ、今に絶せぬ跡とめて、利生あらたなる、歩を運ぶ霊地也、されば都の花盛、大宮人の御遊にも、蹴鞠の庭の面、四本の木陰枝垂れて、暮に數ある沓の音
シテ 柳櫻をこきまぜて
同 錦を飾る諸人の、花やかなるや小簾の隙、洩り來る風の匂ひより、手飼の虎の引綱も、長き思ひに楢の葉の、その柏木の及なき、戀路もよしなしや、是は老たる柳色の、狩衣も風折も、風に漂ふ足のもとの、弱きもよしや老木の柳、気力もなふして弱々と、立舞ふも夢人を、現と見るぞはかなき

シテ 教へ嬉しき法の道

地 迷はぬ月に連れて行かむ。青柳に、鶯伝ふ、羽風の舞
地 柳華苑とぞ、思ほえにける

シテ 柳の曲も歌舞の菩薩の、舞の袂をかへす/\も、上人の御法を受け、喜ぶ。

シテ 報謝の舞も、是までなりと名殘の涙の
地 玉にも貫ける、春の柳の
シテ 暇申さむと、いふつけの鳥も啼き
地 別れの曲には
シテ 柳条を綰ぬ
地 手折は青柳の
シテ 姿もたをやかに
地 結ぶは老木の
シテ 枝もすくなく
同 今年ばかりの、風や厭はんと、漂ふ足もとも、よろ/\弱々と、倒れ伏し柳、假寝の床の、草の枕の、一夜の契りも、他生の縁ある、上人
の御法、西吹秋の、風うち拂ひ、露も木の葉も、散々に、露も木の葉も、散り/\に成りはてゝ、殘る朽木と、なりにけり


※今宵は宿をかり衣、日も夕暮になりにけり

巻第十 羇旅歌 952 攝政太政大臣歌合に羇中晩風といふことをよめる 藤原定家朝臣 

※葎蓬生刈萱も、亂れ合ひたる

巻第四 秋歌上 345 題しらず 坂上是則

※淺茅生や、袖に朽ちにし秋の霜

巻第十六 雑歌上 1562 寄風懷舊といふことを 左衛門督通光

※陰踏道  巻第一 春歌上 69 題しらず 大宰大弐高遠

※道野邊に、清水流るる柳陰、清水流るる柳陰、暫しとてこそ立ち止まり

巻第三 夏歌 262 西行 題しらず

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