此内大臣殿の御事に、ひさしく御歌あはせなどもはへざりき。そのつぎのとし冬比、春日社の歌合とて侍りき。此つかひはをなし程のよみくちと、世の人のてつかひおもへるをえりあはせられたりしかば、いつよりも此たびはまけしはやなどと、だれも/"\思あへり。此歌合に、よみくちときこゆるひとびとせう/\歌めされ侍。祝部成茂と申ものはじめて歌めさるれば、「成中がまご政中が子也。重代のうへによみくち」と人々申しあへり。読てたてまつりしうち落葉といふ題の歌、
冬の來て山もあらはに木のはふりのこる松さへみねにさびしき
此御歌合、和歌所にて衆儀はん也しに、この歌をよみあげたるを、たび/"\詠せさせ給、よろしくよめるよしの御氣色なり。
次のあしたによべの御歌合めしよせて御らんずるを、成茂が歌かんしおぼしめすよし、御教書を仰くださる。やがて御教書かきてつかはしき。うけ文はみえて、あはてさあはてさはぎて參りたれば、ひんがひんがしの中門にて立なからたいめなからたいめして、此御教書をとりいとりいでヽ心もことばも及ばぬよし、物もいひやらすなく/\よろこぶ。そののちなを御教書をあつかるひちびひ人々おほかり。此たびは合手などのゆへにや、首歌おほくきこおほくきこおほくきこゆ。
右大將忠 曉月といふだい、
雲をのみつらき物とてあかすよの月よこずゑにをちかたのやま
有家朝臣 松風
我ながらおもふかものをと斗にそでにしぐるヽ庭の松風
家隆朝臣 だいをなし
かすが山たにの埋木くちぬとも君につけこせみねのまつかぜ
保季朝臣 曉月
入やらでよをヽしむ月のやすらひにほの/"\あるく山端ぞうき
雅經朝臣 落葉
うつりゆく雲にあらしのをとすなりちるかまさきの葛城の山
女房丹後 松風
何となくきけば涙ぞこぼれけるこけのたもとにかよふ松かぜ
此人々みなよろしくよめるよし御教書をたまはる。されどなりもちは、此たびはじめて歌めされなとするこそこんしやうのよろこびと申はべりしか。まいて、かヽる院宣にあずかる事、まことに有りがたき事なり。其の後十日余日ありて、まうで來て、なほ此の事、寝ても覺めても忘れがたく侍るよし申して、かの一條院の御時、廣澤の月の夜、範永が『月の光も久しかりけり』と詠めるを、大納言聞きて文遣はしたりけるを、申し出だして「それだにも筥の底に納めて、子ばかりに傳へたりと聞き侍る。まして此の道は、君の御時、昔にも越えて、ただ稀に歌召されなどする事だに、われめく人も叶はず見え侍るに、此の御教書にあづかれる事、申しても/\、言の葉も足らず侍り」とて、錦の袋に入れて、取り出でヽ侍る。「まことに重代の者の道を好む。さぞ、おぼえ侍るらむ。」とぞ見え侍りし。
※冬の来て
新古今和歌集 冬歌 祝部成茂
※雲をのみ
新古今和歌集 雑歌上 藤原忠経
※我ながら
新古今和歌集 雑歌中 藤原有家
※春日山
新古今和歌集 雑歌下 藤原家隆
※入やらで
新古今和歌集 雑歌上 藤原保季
※何となく
新古今和歌集 雑歌下 宜秋門院丹後