尾張廼家苞 四之上
水無瀬戀十五首歌合に春戀
俊成卿女
面かげのかすめる月ぞやどりける春やむかしの袖のなみだに
面かげのかすめる月ぞやどりける春やむかしの袖のなみだに
面かげのかすめる月とは、月をみれば人の俤のかすみて
みゆるその月をいふ。(子細
なし。)春やむかしの袖とは、つゞめていはゞ
あひみし人のことを恋しのぶ袖をいふ意也。(主意はさしもたが
はねど、詞のうへには
遠き説ざま也。一首の意は、もろともにみし春はむかしになりぬる
かとなげく袖の涙に、人のおもかげがそふやうにて、月影がうつると也。)そは既ニ
春部にいへるごとく、(それも此歌をとれるにはあらず。たゞ
ことばばかり取たるがありき。 )此集の比
かの伊勢物語の月やあらぬの哥の一首の意、其歌ぬし
のその時の意を、春やむかしのといふ一句にこめてとれる例也。
(かくさだかなる事にはあらねど、此歌は春やむかしのといふ上に、もろともに
月をみしといふ意をそへてみる哥也。其もろともにみしといふ事詞のうへにな
し。かの物語より出来る意
なれば、此説にちかし。 )
冬戀 定家朝臣
床の霜まくらの氷きえわびぬむすびもおかぬ人のちぎりに
床の霜まくらの氷きえわびぬむすびもおかぬ人のちぎりに
きえわびぬとは、身も心もきゆるごとくかなしくわびしきを
云。きえも結びも霜と氷との縁、おかぬも霜の縁なり。
(四ノ句、をかぬは取とめたる事のなき也。中の契を一たびは結びたれども、取とめたる所な
くやがてかはりし也.ひたすら結ばざるにはあらず.一首の意は、人が契を結びたれども、取とめ
たる事なくかはりし故、涙をながせば床の霜となり、枕の氷となるが、其霜氷の
ごとく、命もきゆるほどぞと也。むつかしき歌也。此注の次㐧を遂て、下句より一〃文
字に引あてゝ
こゝろうべし。)下句たる縁の詞のみにて、させる深き心もなけ
れば、上句のおもひの甚せつなるにかけあはずきこゆ。(下句
を唯)
(を結ばぬ事と心えらたるにや。さては上句をみる事
深切に過、下句をみる事疎漏にして及ばざるなり。)
摂政家百首歌合に暁戀 有家朝臣
つれなさのたぐひまでやはつらかあらぬ月をもめでじ有明の空
つれなさのたぐひまでやはつらかあらぬ月をもめでじ有明の空
つれなさのたぐひとは、有明の月はつれなきものにいへば、人の
つれなきたぐひなるをいふ。(かくの
ごとし。)までとは、大かたは月をもめ
でじ。(これぞ此つもれば
人の老となるもの。)といふ本歌のごとく、老となるがつらき
のみならず、人のつれなきたぐひまでがつらきと也。(かくの如
きむつか
しきとりやうはなし。本歌はたゞ月をもめでじといふ一句をとりたるばかりなり。
二三の句ふと心えがたき句作なり。やはを三ノ句の下へめぐらして、つれなさのたぐひまで
つらからぬやは、それほどつらきもの也といふ事。までとは、人のつらさはたぐひあらじ
とおもひしに、有明の月は人の比類ふとつらきと也。まではほどにあたる。一首の意は、有明
の月は、我おもふ人のつれなき比類につらからずやはある。しかつらきほどに、今より
はその月をめでじと也.結句を初句の上へめぐらして,其下に我おもふ人のとそへてみるべし.
宇治にて夜恋といふ事ををのこどもつかうまつり
しに 秀能
袖のうへに誰ゆゑ月はやどるぞとよそになしても人のとへかし
四ノ句よその事になしてなりともといふ意。人は思ふ人也。
(一首の意は、そなたは誰をこひて、袖に涙をかけて月をやどらする
事ぞと、我身のうへとはしらず。よその事にしてもとふてくれよかしと也。)或抄に
此涙は君故なれども、それとは君がしるまじければ、誰故
ぞとよそごとになしてもとへかしと也。(此説の
ごとし。)といへるは、な
してといふ詞にかなはず。すべてかやうのなすといふ詞は、
さはあらぬことをしひてそれになすをいへば、(大方は此説の
ごとくなれ
ど、此哥なるはしからず。なすといふもじいとかろし。よそになし
てもはよそにしてもにて、みづからのうへとはしらずともなり。 )よそにな