事也。餘寒の時分なれば、あわ雪ふりて、うぐひ
すのはねのうへに、うす/\たまれる由也。
なきてうつろふはね白妙の詞など、万葉
すの中にはやさしき詞なり。さるにより
て、この集のときめづらしくのこりし
よし。
のさたありし哥也。
一 百首哥たてまつりし時 惟明親王
高倉院ノ御子。㐧二皇子也。御母ハ平ノ茂範ガ女
一 鴬の涙のつらゝ打とけてふるすながらや春をしるらん
増抄云。此哥は古今集二条后のはるの初
の御哥ゆきのうちはるはきにけり鴬の
こほれるなみだ今やとくらん。此哥などをや思
ひてよめる成べし。これはいまだ鴬は出ぬを
おもひやりて、さだめてつらゝもとけぬべき程
に、ふるすのうちに有ながら、春をしるらん。
春をしりたらば、谷より出べき事なるに、
自然しらぬこともあるにや。出ぬほどにと
うたがひたる心あり。鳥になみだをよむも、
むかしよりよみつけたるならではよまぬ
よし也。
頭注
ほとゝぎす かり
千とりなどなみだ
をよみつけたり。
※古今集二条后のはるの初の御哥
古今集 春歌上
二条のきさきのはるのはじめの御うた
二条のきさき
雪の内に春はきにけりうぐひすのこほれる涙今やとくらむ