葵上 四番五番目物 作者不明
源氏物語葵から。葵上が物の怪に憑かれ、高僧による加持祈祷も効き目がないことから、照日の巫女を呼び、霊を呼び寄せると、上臈の怨霊が現れる。それは六条御息所の怨霊で、賀茂祭の車争いで屈辱を受け、嫉妬の末に怨霊となって憑き祟り、病床の葵の上を打ちすえ連れ去ろうとする。左大臣家は、急ぎ横川の小聖を呼び、加持を始めると御息所は鬼の姿になって現れ、ついに調伏させられ、読経に心も和み、成仏得脱の身となったことを喜ぶ。
前ジテ:六条御息所怨霊 ツレ:照日巫女 ワキ:横川小聖 ワキヅレ:朱雀院臣下 アイ:従者
シテ それ娑婆電光の境には、恨べき人もなく、悲しむべき身もあらざるに、いつさて浮かれ初めつらむ。
シテ 只今梓の弓の音に、引かれて顯れ出たるをば、いかなる者とか思し召す、是は六條の御息所の怨霊なり、我世にありしいにしへは、雲上の花の宴、春の朝の御遊びになれ、仙洞の紅葉の秋の夜は、月に戯れ色香に染み、花やかなりし身なれ共、衰へぬれば槿の、日影待つ間の有樣なり、唯いつとなき我心、物憂き野邊の早蕨の、萌え出で初めし思ひの露、かかる恨みを晴らさむとて、是迄顯れ出たるなり。
同 思ひ知らずや世の中の、情は人のためならず。
同 我人のため辛ければ、我人のため辛ければ、必ず身にも報ふなり、何を歎くぞ葛の葉の、恨みはさらに盡きすまじ、恨みはさらに盡きすまじ。
※早蕨の、萌え出で初めし
巻第一 春歌上 32
題しらず 志貴皇子
岩そそぐたるひの上のさ蕨の萌えいづる春になりにけるかな