雲居寺の聖の許にて、秋の暮れの心を、俊頼朝臣、
明けぬとも猶秋風の訪れて野邊の氣色よ面變りすな
(千載集 秋歌下)
名を隠したりけれど、是をさよと心得て、基俊挑む人にて、難じて云、
いかにも哥は、腰の句の末に、て文字据へたるに、はか/\しき事なし。支へていみじう聞きにくきものなり
と、口開かすべくもなく難ぜられければ、俊頼はともかくもいはざりけり。其座に、伊勢の君琳賢が居たりけるが、
異樣なる證哥こそ、一覺え侍れ
と、いひ出でたりければ、
いで/\承らん。よもことよろしき哥にあらじ
といふに、
櫻散る木の下風は寒からで
と、末のて文字を長々とながめたるに、色真青に成りて、物もいはずうつぶきたりける時に、俊頼朝臣は、忍びに笑ひけるとぞ。
○俊頼
源俊頼朝臣(1055~1129年)経信の子。金葉和歌集の撰者。
○基俊
藤原基俊(1060~1142年)万葉集を研究し、訓点をつけた。
○琳賢
(~1134年頃)橘氏。
○櫻散る木の下風は寒からで
桜散る木の下風は寒からで空に知られぬ雪ぞ降りける(拾遺集 春 紀貫之)