新古今和歌集の部屋

絵入横本源氏物語 賢木 旅準備 蔵書


中/\こともゆかぬにや
  源
  大かたの秋のわかれもかなしきに

なくねなそへそ野べの松むし。くや

しきことおほかれとかひなければ、

明ゆく空もはしたなくて出給。みち
            御息所
のほといと露けし。女もえ心づよか

らず。名残あはれにてながめ給。ほの

見奉り給へる月かげの、御かたちな

をとまれるにほひなど、わかき人々"

は身にしめて、あやまちもしつべく
       地 人?心
めで聞ゆ。いかばかりのみちにてか、

かゝる御ありさまをみすてゝは、わかれ

聞えんとあいなくなみたぐみあへり。
 源                   御息所
御ふみつねよりもこまやかなるは、おほ

しなびくばかりなれどまたうち

かへしさためかね給べきことならねば、

          源地
いとかひなし。おとこはさしもおぼさぬ

ことをだに、なさけのためにはよく

いひつゞけ給べかめれば、ましてをし

なべてのつらには、思聞え給はさりし

御なかの、かくてそむき給ひなんとす

るを、口おしうもいとおしうもおぼし

なやむべし。旅の御さうぞくよりは

じめ人々"のまで、なにくれの御でう

どなど、いかめしうめづらしきさま
                 御息所
にて、とふらひ聞え給へど、なにとも

おぼされず。あは/\しう心うき名

をのみながして、あさましき身の

有さまを、今はじめたらんやうに、

ほとちかくなるまゝにおきふしなげ

き給ふ。斎宮はわかき御心に、不定

なりつる御いでたちの、かくさだまり

                    地 の
ゆくを、うれしとのみおぼしたり。世人は

例なきことゝ、もどきも哀にも

さま/\に聞ゆべし。なに事"も人

にもどきあつかはれぬきはゝやすげ

なり。中/\世にぬけ出ぬる人の御

あたりは、所せきことおぼくなん。十六

日、かつら川"にて御はらへし給ふ。つね

の義"式にまさりて、ちやうふぞう

しなど、さらぬかんだちめも、やむ

ごとなくおぼえあるをえらせ給へり。

院の御心よせもあればなるべし。出給ふ
    源
ほど、大将殿"より例のつきせぬこ

とゞも聞え給へり。かけまくもかし
               /
こきおまへにとてゆふにつけて、なる

神だにこそ

 


中々こともゆかぬにや。

  大方の秋の別れも悲しきになくねなそへそ野辺の松虫

悔しきこと多かれど、かひなければ、明け行く空もはしたなくて

出で給ふ。道のほど、いと露けし。女もえ心強からず。名残あは

れにて、眺め給ふ。ほの見奉り給へる月影の、御かたち、なをと

まれる匂ひなど、若き人々は身にしめて、過ちもしつべく、めで

聞ゆ。「いかばかりの道にてか、かかる御有樣をみ見捨てては、

別れ聞えん」と、あいなく涙ぐみあへり。

御文、常よりもこまやかなるは、おぼしなびくばかりなれど、又

打ち返し定めかね給ふべきことならねば、いと甲斐なし。男は、

さしもおぼさぬ事をだに、情けの為には、よくいひ続け給ふべか

めれば、まして、をしなべての列には、思ひ聞え給はざりし御仲

の、かくて背き給ひなんとするを、口惜しうも、いとおしうも、

おぼし悩むべし。旅の御装束よりはじめ、人々のまで、何くれの

御調度など、いかめしう珍しき樣にて、とぶらひ聞こえ給へど、

何ともおぼされず。あはあはしう心憂き名をのみ流して、あさま

しき身の有樣を、今始めたらんやうに、ほど近くなるままに、起

き伏し歎き給ふ。斎宮は、若き御に、不定なりつる御出で立ち

の、かく定まりゆくを、嬉しとのみおぼしたり。世の人は、例な

きことと、もどきも哀れにも樣々に聞こゆべし。なに事も、人に

もどき扱はれぬ際は、やすげなり。中々、世に抜け出でぬる人の

御辺りは、所狭(せ)きこと多くなん。

十六日、桂川にて、御祓へし給ふ。常の儀式にまさりて、長奉送

使など、さらぬ上逹部も、やむごとなくおぼえあるを選らせ給へ

り。院の御心寄せもあればなるべし。出で給ふほど、大将殿より

例の尽きせぬことども聞こえ給へり。「かけまくも賢き御前に」

とて木綿に付けて、鳴る神だにこそ、

 

 

※大かたのの歌は、源氏とあるが、御息所の歌と考えられている。

引歌

※/鳴神だに 古今集 恋歌四 天の原踏み轟かしなる神も思ふ仲をはさくるものかは

 

宇治市源氏物語ミュージアムと嵯峨野野宮神社

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