百人一首改観抄
契沖
○寂蓮法師
むら雨の露もまだひぬ槙の葉に霧たちのほる秋の夕ぐれ
新古今集秋下五十首の哥奉りける時と有。此
哥まきの葉をもて深山の心をいふ。まきは
深山にのみある木なれば万葉集にも真木の
たつあら山中とよめり。深山はつねに日のめ
のうとくて時ならぬ雨のふるものなり。むら雨は暴
雨とかくその心なり。楚辞にも山峻高以蔽日兮
下幽晦以多雨と有てふかき山の有さまかくの
ごとし。村雨の一とをりふりやむかとみれば又霧の
立くらがる景氣さし向ひて見るがごとし。時節秋
にして又ゆふべなれば深き山里の感情まきの
露やがて袖をもうるほすべし。