秋歌下
和哥所にてをのこども哥よみ侍しに夕鹿
家隆朝臣
下紅葉かつちる山のゆふしぐれぬれてやひとり鹿の鳴らん
めでたし。詞もめでたし。 ひとりとは、妻をこひて鳴
意にていへるか.いさゝか心ゆかず.されど此詞にて、殊に哀に聞ゆ.
百首哥奉りし時 寂蓮
野分せし小野の草ぶしあれはてゝみ山に深きさを鹿の聲
百首哥奉りし時秋の哥 惟明親王
み山べの松の梢をわたるなりあらしに宿すさあをしかの聲
嵐の、松の梢を渡る故に、その嵐にたぐひたる鹿の
聲も松の梢をわたるなり。
百首哥よみ侍りけるに 摂政
たぐへくる松の嵐やたゆむらんをのへに帰るさをしかの聲
千五百番哥合に 慈圓大僧正
鳴しかの聲にめざめてしのぶ哉見はてぬ夢の秋のおもひを
二の句いうならず。 秋の思ひをしのぶといふこと、いかに
いえるにか、こゝろえず。
題しらず 西行
小山田の庵ちかくなく鹿のねにおどろかされておどろかす哉
おどろかされては、目のさむるをいふ。 おどろかすは引板
などならして、鹿をおどろかすなり。
百首哥奉りし時 寂蓮
物思ふ袖より露やならひけん秋風ふけばたへぬものとは
秋風のふけば、え堪ずこぼるゝ物とは、物思ふ人の袖の
涙より、露もならひやしけむと也。 ふるき抄に、たへぬ
を、絶ずおくことと注したるは、たがへり。
秋の御哥の中に 太上天皇御製
野原より露のゆかりをたづねきて我衣手に秋風ぞふく
露のゆかりは、なみだなり。
だいしらず 西行
きり/"\夜寒に秋のなるまゝによわるか聲の遠ざかりゆく
下句めでたし。 物の聲は、高きは近きやうに聞え、よわ
きは遠きやうに聞ゆるものなる故に、よな/\次㐧に聲の
とほくなるは、よわるかとなり。
守覚法親王家五十首歌哥に 家隆朝臣
虫の音もながき夜あかぬ故郷に猶思ひそふ松風ぞふく
長き夜あかぬ、上に出たり。 桐壷巻に√すゞ虫の云々。
書き込み
※物思ふ
モノ思フ人ハ袂がセバケバ袖ニ涙ノコボルヽヲソレニナラヒテ
※野原より
太政天皇
つゆは袖にものおもふころはさぞなおくかぎらず秋のならひならねど
涙 泪ノワケヲ縁トシテ秋風ノフク也