四十五段 ゆく蛍 奈良絵
むま
四十四昔、あがたへ行人に、馬のはなむけせんとて、よひて、うとき人にしあらざりけれ
いへ さかつき うたよん
ば、家とうじ盃させて、女のさうぞくかづけんとす。あるじの男哥讀で物ごしにゆひ
付さす
出て行君がためにとぬぎつれば我さへもなく成ぬべきかな
此哥は、有か中にをもしろければ、心とゞめてよまず、はらにあぢはひて
むすめ
四十五昔男有けり。人の娘のかしづく、いかで此男に物いはむと思ひけり。打出
ん事かたくや有けん、物やみに成てしぬべき時に、かくこそ思ひしがといゝける
を、おや聞付て、なく/\つげたりければ、まどひ來りけれど、しにけれ
つこもり ころ
ばつれ/\とこもりをりけり。時はみな月の晦日いとあつき比ほひに、よひは
ふき ほたる
あそびをりて、夜ふけて、やゝすゞしき風吹けり。蛍たかうとびあがる。此男見ふせりて
後撰 ゆく くも
行ほたる雲のうへまでいぬべくはあき風ふくとかりにつげこせ
なつ
くれがたき夏の日ぐらしながむればそのことゝなく物ぞかなしき
四十六昔男、いとうるはしき友有けり。かた時さらずあひ思ひけるを、人の
国へいきけるを、いとあはれと思ひて、わかれにけり。月日へて、をこせたるふみ
に、あさましくえたいめんせで、月日のへにける事、わずれやし給ひに
けんと、いたく思ひわびてなんはんべる。世の中の人の心はめがるれば、わす
れぬべぎ物にこそあめれと、いへりければよみでやる
めがるともおもほへなくにわすらるゝ時しなければおもかげにたつ
四十七むかし、おとこ、ねんごろにいかでと思ふ女ありけり。されど此おと
こをあだなりときゝて、つれなさのみまさりつゝ、いへる
古今
大ぬさのひくてあまたに成ぬれば思へどえこそたのまざりけれ
かへしをとこ な
大ぬさと名にこそたてれながれてもつゐによるせはあるてふ物を
四十八昔、男有けり。馬のはなむけせんとて、人を待けるに、こざりければ
いまぞしるくるしき物と人またんさとをばかれずとふべかりける
※あるてふ物を(古今)←→ありといふ物を(天福本)
※とふべかりける(古今)←→とふべかりけり(在中将集、天福本)