哀傷哥
定家朝臣母のおもひに侍ける春のくれにつか
はしける 摂政
春がすみかすみし空のなごりさへけふをかぎりの別なりけり
上句は、立のぼりし烟のなごりなりし霞さへ也。
別レは、うせにし人の別れのうへに、又なごりと見し霞さへ、
けふは別れ也といひて、春のわかれにかねたり。
公時ノ卿の母みまかりて歎き侍けるころ大納言
実国ノ卿のもとに申遣ける
後徳大寺左大臣
かなしさは秋のさがのゝきり/"\す猶ふるさとにねをや鳴らん
詞書。公時ノ卿は、実国ノ卿の息にて、其母は、中納言家成ノ卿
の息女、実国ノ卿の北ノ方なり。歌めでたし。詞めでた
し。なほは此哥にては、いよ/\ことにといふこゝろなり。
ふるさとゝは、身まかりし人のなき跡をいふ。一首
の意は、かなしきことは、秋のならひなるが、そこにはいよいよ
殊に、きり/"\すのごとくねをやなき玉ふらむとなり。
きり/"\すは、野にも古郷にもよせあり。さが野
といへるは、秋のさがといひかけ、又きり/"\をいはん料の
みか。はた実国卿さが野に別庄などありて、此時こも
りゐられたるか、しらず。
母の身まかりにけるをさがのほとりにをさめ侍ける夜
よみける 俊成ノ卿ノ女
今はさはうき世のさがの野べをこそ露きえはてし跡としのばめ
めでたし。初句、さはゝさらばなり。二三句は、うき
世のならひとて、なきがらをもとゞめず。送りてをさめ
し野べといふ意を、嵯峨野へいひかけたる也。きえはて
しといふは、たゞきえしといふとは異なり、こゝにては、
母の身まかられしが、きえたるにて、そのなきがらをだにとゞ
めず、をさめたるがきえはてしなり。すべて今の世の哥
人の、はてしはつるといふ詞を、何心なくみだりにそ
へてよむは、ひがごとなり。
母の身まかりにける秋野分しける日もと住侍り
ける所にまかりて 定家ノ朝臣
玉ゆらの露もなみだもとゞまらずなき人こふるやどの秋風
めでたし。詞めでたし。たまゆらは、しばしといふ意
なりと、八雲抄に見えて、此哥も、其意によまれたりと
聞ゆ。さて露の風にさわぐさま、涙のこぼるゝさま、とも
に玉のゆらぐに似たれば、其よしをもかねてよみ
たまへるにや。ふるき抄、露もなみだもとはあれ
ども、たゞなみだのことにて、露のごとくふるといふ
ことなりといへるは、かなはず。
※八雲抄 八雲御抄 調査中
※ふるき抄 常縁新古今集聞書
露涙といへども只涙の事也。露のごとくふるといふ心なり。