尾張廼家苞 四之下
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戀歌五
水無瀬戀十五首歌合に 定家朝臣
白妙の袖のわかれに露落て身にしむ迄の秋風ぞふく
初二句は萬葉の詞なり。三ノ句は涙なるを、露といへる
は秋風の縁なり。四ノ句は紅の涙をいふ。身にしむとは、
秋風の身にしむ方を兼たり。六帖に吹きくれば身にもしみ
ける秋風を色なき物とおもひける哉。下句のこゝろは
紅の涙の落るを、吹風なる故に、風の色の身にしむ色
にみゆるよし也。袖のわかれは、暁のわかれ也。秋風ぞ吹は、露落て
のよせなり。一首の意は、あかつきの別に白たへの
袖に涙が落る其涙が紅涙なるニ
秋かぜが吹て身にしむ色ぞと也。落花の歌に嵐も白し
などよめるはさることなるを、戀の哥にかく風のけしき
をたくみによまれたるはあはれなる情はなく聞ゆしら
べいと
めでたくてしかもあはれふかき
歌なるを、いかゞおもはれけん。
家隆朝臣
おもひ入身は深草の秋の露たのめし末やこがらしの風
深草といへるは、伊勢物語の深草の女の意か。又思ひ入
事の深きよしをもかねたるべし。伊勢物語はこゝによしなし。たゞ
思ひ入身は秋の露深しといふ事を
詞を文なし
たる歌也。三ノ句は我身は草葉の露の如くはかなく消ぬべしう
といへる也。たのめし末とは、かねてたのめ置しごとくにも
あらず。心のかはりたる所をいふ。たゞ契のはてといふ事。か
はる意は、木枯の風にあり。さてやと
うたがひたるは、たのめし末が木枯の風かといえる也。草の露
を消しむる物は風なれば也。一首の意は、おもひ入事の深き我身
は、深草の秋の露のやうな物、ありし契
のかはり行は、こがらしの風のやう
にて、命も堪まじきと也。
慈円大僧正
野べの露は色もなくてやこぼれつる袖よりすぐる萩の上かぜ
初句、例のもじあまり聞ぐるし。もじあまり例なる事もなくきゝぐるし
きこともなし。これらはことに耳にもたゝ
ざるを、あいうおといふもじだになければかく
のみいはるれと、ことわりなき事なり。 袖は例の紅の涙のかゝる
袖なるを、さはいはで、初二句にて夫ときかせたることの也。一首
のこゝろは、我この袖の紅の涙をふこぼし過て行萩の
上風は、野べまでふき行つらんを、其野べの涙は、我袖の
涙の如くなる色はなく、たゞよの常の色の露にてこぼれたるか、
いかならんと也。より過るといふ詞にて、野べ吹行意聞えたり。
一首の意、萩の上風の我袖過ぎるころは、戀する身故紅の涙がこぼれたが、野べ
過るには、戀せぬもの故、紅の色ではなく、たゞよの常の露がこぼれたかと也。
此哥事をたくみてあるのみにて、戀の哀なる情はなし。戀の情などか
なからん。
※萬葉の詞
万葉集巻第十二 悲別歌3182 よみ人知らず
白妙之袖之別者雖<惜> 思乱而赦鶴鴨
白栲の袖の別れは惜しけども思ひ乱れて許しつるかも
※六帖に吹きくれば身にもしみける~
古今和歌六帖 第一 天
吹きくれば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな
※落花の歌に嵐も白し
新古今和歌集巻第二 春歌下
最勝四天王院の障子に吉野山かきたる所
太上天皇
よみ:みよしののたかねのさくらちりにけりあらしもしろきはるのあけぼの 隠削
意味:美しい吉野の高い峰にさくらが散って、強い風も花びらで白くみえるほど春の曙は美しいですよ。
備考:奈良県吉野郡地方の歌枕で昔離宮があり、桜が有名。みは美称の接頭語。最勝四天王院障子歌 。歌枕名寄、新三十六人歌合、美濃の家づと、九代抄、九代集抄。