百人一首注 永青文庫蔵
題しらず 山辺赤人 時代は聖武天皇人丸と同時の人也 官位不詳
新古今
田子の浦に打いでゝみれば白妙のふじの高根に雪はふりつゝ
此哥は、田ごの浦のたぐひなきをたちいでゝみれば、眺望かきりなくして、心詞も及ばぬにふじの高根の雪をみたる心を思ひ入て吟味すべし。海辺のおもしろき事をもたかねのたへなるをも詞に出す事なくて、其さまばかりをいひのべたる事、尤も奇異なるにこそ。赤人の哥をは古今にも哥にあやしくたへなりといへり。奇妙の心也。猶此雪はふりつゝといへる余情限なし。当意即妙の理を思ふべし。
山辺赤人 聖武御時人云々。一説人丸に同時の人云々。
たごの浦にうちいでゝみれば
万葉第三山部宿袮望不尽哥一首並短哥
天地の 別し時ゆ 神さびて たかくかしこき するがなる ふじの高ねを あまのはら 抛放みれば わたる日の 影もかぐろひ てる月の 光も見えず 白雲も いゆきはゝり 時如くそ 雪はふりけり かたり告 言継ゆかん ふじの高根は
マシロ
この反哥也。万には真白なるとあり。雪はふりけると在之。田子の景、無比類に又高山の雪の事、詞にはいひのべがたし。つゝの字、心にかくべし。赤人の哥をば、古今にもあやしくたへなりと云へり。哥妙なる心也。