卷第五 月見
其なかにも、徳大寺の左大將實定卿は、ふるき都の月を戀ひて、八月十日あまりに、福原よりぞのぼり給ふ。何事も皆かはりはてて、まれにのこる家は、門前草ふかくして、庭上露しげし。蓬が杣、淺茅が原、鳥のふしどとあれはてゝ、蟲の聲々うらみつつ、黄菊紫蘭の野邊とぞなりにける。故郷の名殘とては、近衞河原の大宮ばかりぞましましける。大將その御所に參ッて、まづ随身に惣門をたゝかせらるゝに、うちより女の聲して、
たそや、蓬生の露うちはらふ人もなき所に
とゝがむれば、
福原より大將殿の御參り候
と申す。
惣門はじやうのさされてさぶらふぞ。東面の小門よりいらせ給へ
と申しければ、大將さらばとて、東の門より參られけり。大宮は御つれ/”\に、昔をやおぼしめしていでさせ給ひけん、南面の御格子あげさせて、御琵琶あそばされけるところに、大將參られたりければ
いかに夢かやうつつか。これへ/\
とぞ仰せける。源氏の宇治の卷には、うばそくの宮の御娘、秋のなごりを惜しみ、琵琶をしらべて夜もすがら、心をすまし給ひしに、在明の月いでけるを、猶たへずやおぼしけん、撥にてまねき給ひけんも、いまこそ思ひ知られけれ。
待宵小侍從といふ女房も、此御所にぞ候ひける。この女房を待宵と申しける事は、或時御所にて、
待つ宵、歸る朝、いづれかあはれはまされる
と御尋ねありければ、
待つ宵のふけゆく鐘の聲きけばかへるあしたの鳥はものかは(巻第十三恋歌三 小侍従)
とよみたりけるによッてこそ、待宵とは召されけれ。大將、かの女房よびいだし、昔いまの物語して、さ夜もやう/\ふけ行けば、ふるき都のあれゆくを、今樣にこそうたはれけれ。
ふるき都をきてみれば
あさぢが原とあれにける
月の光はくまなくて
秋風のみぞ身にはしむ
と、三反うたひすまされければ、大宮をはじめ參らせて、御所中の女房たち、みな袖をぞぬらされける。
さる程に夜もあけければ、大將暇申して福原へこそかへられけれ。御ともに候藏人を召して、
侍從があまりなごり惜しげに思ひたるに、なんぢかへッて、なにともいひてこよ
と仰せければ、藏人ははしりかへッて畏り、
申せと候
とて、
物かはと君がいひけん鳥のねのけさしもなどかかなしかるらん
女房涙をおさへて、
またばこそふけゆく鐘も物ならめあかぬわかれの鳥の音ぞうき
藏人かへり參ッて、このよし申したりければ、
さればこそなんぢをばつかはしつれ
とて、大將大きに感ぜられけり。それよりしてこそ物かはの藏人とはいはれけれ。
島本町