城台山日記

 城台山の麓で生まれ、毎日この山に登り、野菜・花づくり、読書、山登りをこよなく愛する年寄りの感動と失敗の生活日記です。

大野アルプス 20.7.19

2020-07-19 19:17:43 | 山登り
 前日、翌日日曜日久しぶりに晴れるとの予報だったので、急遽大野アルプス(大谷山、滝谷山、雁又山)に行くことに決定。6時少し前に畑にでかけ、二日分のトマト、キュウリ(といってもわずか2本)、シシトウ、ナス、インゲンを収穫。スイカコーナーでは、未熟のまま枯れてしまったのでかごをかぶしてなかったスイカが食われていた。おいしくなかったせいか、大半が残されていた。

 食事後、大野町総合運動公園に出かける。今日は野球場を使って何かイベントでもあるみたいで、車が多い。8時5分に運動公園を出発。いつも少ししか流れていない沢も今日は音をたてて流れている。花立峠では数人のお年寄り(自分もお年寄りだが)が散歩の途中で談笑中。峠からが本番で、大谷山(356m)まで2箇所の急な階段の登りがある。

 大谷山 8時45分

 大谷山からはだらだらと下り、最低鞍部(318m)から植林の中の階段の登りで362mまであがる。ここからはだらだらの登りで滝谷山に到着。今日は日曜日ということもあって、登山者が多い。皆さん久しぶりの好天で出かけてきたと思われる。

 滝谷山 9時10分 ここで水分補給

 滝谷山から一旦下ると見たことのない標示に出会う。

 これによると滝谷山から雁又山への道は勝手に付けられたものと読めるが、随所に休憩ベンチ(かなり朽ちてきているが)と休憩テーブルがある。
まさか、これらが無断で作られたとは考えにくい。

 御岳展望のテーブル

 至る所にこの標示が掲げてあるのを不思議に思いながら雁又山に向かう。御岳展望(411m)から一旦348mまで下り、そこから430mの雁又山まで登り返す。

 雁又山 9時37分

 この標示を見て、何となく2種類の標示の意味がわかった

 ここからは勝手な推測。大野アルプスには町が整備したルートの他に登山者等が勝手に作ったルートが数多くある。そのルートに迷い込んだ中学生がいた。こうした事件が起きると責めの一部は地元自治会等に来る。自治会も何もしないわけにいけないので、こうしたいわば張り紙が出現することになったのではないか。おじさんが前回来たのは、1月5日でこの張り紙が5月15日となっているから、この間に中学生の事件は起こったことになる。この事件のせいかどうか分からないが、脇道の入口に通行禁止のテープが掛けられた箇所を散見した。
 
 確かに、ルートを新たに整備するなら所有者の承諾を取るのが最低限の義務であろう。おじさん達も随分道のないところを歩いてきた。そこには先行者が残したテープ等があるし、踏み跡がくっきりと残っていることも多い。ここを歩くときにいちいち所有者の承諾など得ていないし、所有者を知ること自体が難しいこともある。また、エチケットとして登るときに着けたテープは極力帰りに回収するように言われてきた。もし、道を作るならば所有者の承諾ばかりでなく、作ったあと草刈り、道の補修など毎年の管理もしっかりしなければいけないのではないか(中学生がこのルートを利用しても迷わないような管理)。このように考えるならば誰も無責任なルートを作ろうとは思わないはずだが。
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夏野菜等の今(4) 20.7.17

2020-07-18 09:33:14 | 野菜作り
 15日に雨の合間に今年5回目の草刈りをした。前回が6月20日で少し間があきすぎたのと雨に濡れて重くなった草の刈り取りはいつもより大変だった。その翌日、鹿よけのための網の手入れを行っていたら、近くの鹿、猪の駆除を役場から委託されている方から話しかけられた。曰く、その人の畑でも、サツマイモのツルが食べられたとのことで、しかも食べられたのはベニアズマではなく、イモは美味しくないがツルが美味しい品種だけ食害にあったそうである。鹿も味がわかるということで妙に感心した次第。罠(今や鹿、猪の駆除はほとんど罠で行われており、講習を受ければ誰でも出来ると聞いた。)をしかけたいのだが、中心となる木がないし、あってもその周囲が暴れ回られ、余計に被害がひどくなるので、しかけれないとのことだ。先日、どなたかの田で柵用の網に鹿がかかり、その除去に大変苦労したらしい。おじさんの畑では、周囲を簡単な網で囲っているだけだが、幸い被害はない。

 鹿の被害は防ぐことができているが、謎の小動物(ヌートリア?)の被害は起きている。少し前には大玉トマト、そしてついにスイカに及んできた。今年は長雨でさんざんな目に遭っている。特に大玉の品種が病気で枯れたり、弱くなってしまった。ミニは既に5個収穫したが、大玉はいまだゼロ。そこでスイカのそれぞれにかごをかぶせることにし、かごをピンで4箇所固定した。

 前から全体に網は掛けてあるのだが、隙間から入り込んだらしい。最初のは少し雑に食べ散らかしていた(あまり美味しくなかったのか)が今日のは皮だけ残して、きれいに食べてあった。後残りは7個、果たして食卓に上ることができるだろうか。

 トマト特に大玉のトマトは絶好調だ。一段目が小動物にやられたが、その上の段までは届かないようだ。

 色が変わっているには三段目、四段目、五段目もしっかりできている

 ナスは水分をほしがる野菜だから、梅雨時でも問題ない。


 カボチャがもうじき収穫できると思う。

 栗カボチャ

 飛騨のすくなカボチャ

 雨があれば元気な里芋

 左の列が親芋も食べれる赤いも(おでんに最高!) 右は石川早生?

 最近、ウィズコロナ(with corona)ということが言われ出した(うちのかみさんに言わせればこれも必要の無い英語だそうだ。「コロナとともに(生きる)」なんてどうかな。)。地球に生物が発生したのと同じ時期にウイルス(非生物)も誕生しているらしい。通常ウィルスはその宿主(ウィルスは単独では生きられない)と平和的に共存している(この場合のウィルスは弱毒性、強毒性になるとその宿主を殺してしまうので子孫が残せない)のだが、これがあるとき人間等に移ると強毒性になり、その宿主を死に至らしめてしまう。エボラ出血熱、エイズなどがその例である。いずれ(とんでもない時間の後かもしれないが)コロナも人間と共存するために弱毒化するかもしれない。揖斐川図書館で借りた井上栄著「感染症」によると日本人はきれい好き(風呂好き、家に土足で上がらない等々)であるので、感染症にかかるリスクは低いが、外国への旅行、外国人の訪問が増えているので、リスクは高くなっていると言う。強力なワクチンでも発明されない限り、ウィズコロナは続くのである。終わり近くに興味深いことが書いてあるが、ここに書くにははばかられるので、興味のある方は読んで欲しい。

 昨日書いた記事を以下で訂正したい。朝読んだ東洋経済のネットニュースの大崎明子氏が書いた「新型コロナ、日本で重症化率・死亡率が低いワケー高橋泰教授が「感染7段階モデルで」見える化」から。新型コロナウィルスは初期から中盤まで暴露力(体内に入り込む力)は強いが、伝染力と毒性は弱く、かかっても多くの場合無症状か風邪の症状程度に終わるウィルス。ただし、1万~2.5万人に一人程度という低い確率ではあるが、高齢者を中心に重症化する。インフルエンザ(強毒性を持つ)に比べれば、死者数は1000人に及ばず、インフルエンザの三分の一で、かかっても98 %が自然免疫で直る。この記事を読むと、私たちは騒ぎすぎている感じがする。インフルエンザの流行時のようにマスクをし、不要な外出を控えればよいのではないか(ただし、高齢者は重症化しやすいので、別格の対策が必要)。ここからはおじさんの独断で、最近の感染者は若者が多いせいかもしれないが、重症化するケースをほとんど聞かない。ウィルスが初期の頃と比べて、人間と共存するために弱毒化してきたのではないか(RNAウィルスは変異しやすい?)と。

 いずれにしても未確定な情報が多すぎて、何が正しいのかわからないのは困ったことだ。いつまでこの状態は続くのだろうか。

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忘れることの効用とは 20.7.12

2020-07-11 19:21:46 | 面白い本はないか
 雨が降り続き、屋外での活動がほとんどできない。「おじさん殺すにゃ刃物はいらない、雨の三日も降ればいい」という格言をご存じだと思う。もちろん、おじさんは大工とか船頭に置き換えられる。幸いなことに読書が趣味なので、そういう事態にはならないが、時間がありすぎても充実した読書はできない。むしろ、時間がないときこそ難しい本も読めるような気がする。
 さて、県図書館で借りた本で久しぶりに目から鱗という本に出会った。飯田芳弘著「忘却する戦後ヨーロッパ」。このドイツ政治史を専門とする著者がスペインの政治史ー内戦時代(今日経新聞で「太陽の門」という内戦時代の小説が掲載されている)からフランコ独裁そして民主体制」への変遷の中で、フランコ独裁から民主化へスムーズに体制変換ができた理由の一つに過去の忘却そして恩赦ということに気づいたことにある。スペインの政治家あるいは国民は再び内戦という国民が互いに戦うという歴史を繰り返さないために、内戦時代、独裁体制下の反体制派に対する弾圧の歴史を意図的に忘れることにした。このことに著者は注目し、スペインばかりでなくフランス、イタリアそして旧東欧諸国の戦後の歴史を「過去の忘却」という観点から比較検討した。

 ギボウシ この時期山でよく見かける

 フランスは第二次大戦の戦勝国であるが、ナチへの協力(ヴィシー政権)をできるだけ極小化し、レジタンス運動中でもドゴールの功績を大きくした。イタリアは、途中まで枢軸国側で戦い、途中から連合国側で戦った。戦後自国が有利になるよう、ドイツに騙されたとかファシズムへの協力を最小化(すなわちムツソリーニに全ての罪を負わせる。ドイツでも同様なことが行われた。すなわちナチに全ての罪をかぶせるような言動を作り出した。)し、レジスタンス運動を過度に評価する。 しかし、スペインにおいても2007年「歴史記憶法」が制定され、忘却の政治の見直し、フランコ体制の犠牲者の把握や補償の問題の検討がなされつつある(ある程度時間が経たないと、すなわち関係者がいなくならないとできないとも言える)。

 シモツケ

 この本を読みながら、日本のことを考えた。日本だけではなくヨーロッパ各国でさえ都合の悪い歴史は忘れるのだと思う一方で、その忘却と日本の忘却は少し違うような気もしてきた。すなわち、政治の場において忘却ということについて十分な議論が行われた形跡がないことである。日本の場合、戦後も官僚制あるいは政治家なども大きくは変わらなかった。これでは自分たちに都合の悪いことはすべて隠しておくことになるのは当然だろう。したがって、戦争責任問題や慰安婦問題で自国の中から問題提起することは難しく、対外圧力といういかにも情けない力でしかその責任を認めることはできないように思われる。東京裁判などもいずれ忘れられるだろう。また、アメリカや中国と戦争したことも忘れられてしまうだろう。また、歴代大統領の訴追が日常化しているお隣の国は、一方で「忘却」ということの効用を知らないのかもしれない。一時的な政治家や民衆のルサンチマンにより、国益がうしなわれてしまっているのではないかと嫌韓ではないおじさんは思うのだが。
 
 アガパンサス

 皆さんご存じの若者、古市憲寿著「誰も戦争をおしえてくれなかった」から。今から7年前の本、かれも今や35歳前後(昔だったら中年、今だとまだ若者?)。彼によると日本は戦争についての「大きな記憶」が確定していない。もちろん東京裁判、歴代首相のお詫び、河野談話、村山談話などでの「日本は侵略戦争をして、アジア諸国に多大な迷惑を掛けた」というのはあるが、一方でこれに反するような言動や行動を公人である政治家たちさえ自ら行う。大きな記憶が確定していないから、歴史認識をめぐる事件が延々と生まれ続ける。こうした理由からか日本にはきちんとした「戦争博物館」ができない。

 クレマチス白万重

 また、こうも考えた。過去の忘却が存在する限り、書かれる歴史には、ある特定の歴史に全く触れないか、真実とはかけ離れた歴史が書かれる可能性が高くなるということになる。ある歴史はブラックボックスにように一般の国民には知ることができないことになる。日本の場合、大きな記憶を確定しにくいのはアジア太平洋戦争をめぐる解釈の違いということがある。しかし、ヨーロッパの難しさに比べればそれほど難しくないとも思える。日本もかりにEUに加盟することになれば南京虐殺などを否定する(EUの場合はホロコースト)ことはできなくなり、ある意味東京裁判史観に沿った歴史が確定するかもしれない(これは旧ユーゴスラビア諸国のEU加盟時にあったこと)。

 少し柄にもなく難しい話を書いてしまった。エンディングまで読む人は少ないと思うが、今日は美化デーで地元の神社の清掃を行い、その後3日ぶりに城台山に登ってきた。

 久しぶりの青空も見える一心寺 

 
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夏野菜等の今(3)枝豆 20.7.9

2020-07-09 13:40:44 | 野菜作り
 長雨しかもゲリラ的豪雨により県内でも被害が出ている。昨日は揖斐川町の川上、諸家などの地区に避難勧告が出され、今は解除された。被害に会われた方々にお見舞い申し上げる。さて、今朝雨が小やみだったので、枝豆、バジルなどを収穫してきた。
 枝豆は早生の品種(この品種は4月下旬そして7月下旬頃にも蒔くことができる)でしかも早く実を付ける。

 一株に割と多く実がついている
 ここのところうまく育てられるようになった。早生だと連作障害が出やすいので、狭いところだと毎年場所選びが難しくなる。一方、7月下旬以降に植える品種は障害が出にくいらしい。育てるこつは、花が咲き始めたらすぐに1回目の追肥、そして二週間後に2回目の追肥を行うことと、土寄せを数回行うこと。今回約3分の一を収穫したが、実は1.5kgほどだった。前にも話したが、収穫適期は短いので、残りも近日中に収穫することになる。おいしい食べ方については昨年7月10日付けのブログ「朝収穫の枝豆を味わう」を参照してください。
 この後、遅まきのために残した種があるので、下旬頃蒔くことにしている。この長雨で黒豆の植え付けができなくて困っている(場所が大垣市内のうえに、水はけが悪いこともある)。天気になり次第、植えたいと思っているが、予報はまだ当分雨ばかり。

 黒豆、茎ばかり伸びてしまっている。ある時期になったら主幹を切った方が良いのかもしれない。そうしないと葉ばかり茂り、実は少しといった状況になりかねない。
 これは枝豆として食べると大粒でおいしい。しかし、場所が離れているので、お正月用の黒豆として使う(沢山とれると正月以外にも食べることになる)。

 そして、バジル。家ではバジルソースにして、パスタ、ジャガイモ、魚などに使う。かみさんによると、バジルは足が速く、すぐに色などが変わってしまうらしい。家では野菜乾燥機カラリンコを使って、乾燥させたうえで粉にする。


 今週の月曜日からEテレで吉本隆明の「共同幻想論」を読むシリーズが始まった。吉本氏の本は、おじさんには難解で本は持っているが、もちろん読んでいない。講師の先崎彰容氏(最近彼の本を読むようになり、読んだときはわかったような気がするが、何日かたつとやっぱりわからないの繰り返し。5回シリーズで始まったばかり、これでわかればいいのだが。今日は都築勉著「丸山真男への道案内」を読み始めた。二人とも国家というものはどういうものかを徹底的に考えた思想家である。


 2回目か3回目のバラが咲いている
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なぜブログを書いてしまうのか? 20.7.7

2020-07-07 17:53:42 | 面白い本はないか
 雨の日が続いている。今日は七夕だが、星が見えないどころではなく、大雨警報が発令されて、学校等も休校となった。6時頃、少し雨が小降りになったので、登山用の雨具を着て畑に収穫に行った。

 収穫物 ナス2本、トマト大玉2個(まだ未熟だが、1日、2日おいておけば熟する。一段目の収穫は終わり、今二段目に入っている)、ミニトマト、甘長トウガラシ、シシトウ
     キュウリは実どころか、花が全く咲いていない(日照がほとんどないからか)

 そしてミニスイカ(1.9kg)
 収穫時、スイカの病気(炭疽病かツル枯れ病、もともと小規模には発生していた。2回ほど消毒)が雨が続いたことにより、拡大していた。昼前に慌てて消毒したが、ビニールの覆いのないところではすぐに雨に流されてしまっただろう。被害がどれくらいになるのかわからない。長雨を恨むばかりである。

 さて、自分史あるいは自叙伝、自伝という分野がある。有名なところでは、日清戦争で活躍した陸奥宗光の蹇蹇録(けんけんろく)(もちろん未読)。おじさんの本棚で未読の重光葵の「昭和の動乱」(いつ読みたくなるのかわからない)。もちろん、これらは自伝と呼んでも恥ずかしくないが、一般の人(それでもある程度功成り遂げた人であろうと想像するが)が書いた謙遜して言えば自分史などは無数にあるであろう。もちろん、ほとんどの場合は自費出版でその配布先も親戚、知人ということになる。おじさんの知っている方で、退職後せっせせっせと小説を書いていて、おじさんも読ましてもらったことがある。

 小谷野敦著「私小説のすすめ」を読んだ。私小説で有名なのが田山花袋の「蒲団」だが、これをめぐってはこれは純文学ではないと批判する人たちも多く、これは日本独自の小説だという人が専門家でもいるという(そんな話聞いたことがある)。しかし、海外でも私小説すなわち自分の経験したことを少し修正あるいは脚色して書くことは普通にあると著者は言う(SFや推理小説等を除けば、自分が経験したこと、あるいはモデルがないことを書くのは天才でもない限り難しいみたいだ。そしてこうしたものこそが虚構よりも面白いという。)。この本で褒められたり、出来が良くないと批判される小説(そのものを読んでいないことが多いのだが)を遠慮無く述べているところがやたらと面白い。批判されているのは物故者ばかりでなく、健在している作家もいるのだから余計に驚く。芥川賞などをとっても忘れさられてしまう作家などは珍しくない。蒲団のように100年以上も読まれる本などきわめて少ないのが実情だから要は、書きたければ下手であっても、私小説でもなんでも書けば良いと言っている。著者自身は文芸評論家だが、書いた小説は売れていないことを告白しているのもいさぎよい。

 ここからが、我がブログを書くいきさつとなる。元は、3年前の夏から大垣山岳協会のブログ担当となった。担当になったのも、全くの偶然でこちらが手を上げた訳ではない。なりゆきでなったのだが、始めると結構面白い。編集者からという欄を作って、山ばかりではない話題も取り上げた。協会の方には「あれはおじさんのブログ」(褒めたものではないと思う)だと言われたこともある。協会のブログは、会員募集ということが最大の目標なので、できるだけ見てもらう必要がある。おじさんに出来るのは、できるだけ編集者のキャラを際立たせることと、多くの記事を書くことだった。2年半ほど担当して、その目論見は成功したのかどうかわからない。

 登山を始めて以来、そのときの記録を少しづつ書き留めてきた。退職後は、その記録をメールでかつての山友等に送っていた。そして、協会のブログ担当を経て、昨年の2月から自分のブログを書くようになった。書くのが苦手な人にも良く言っているが、山に登ったあとに少しづつ記録を残せば、山を二度楽しむことができると。千野帽子著「人はなぜ物語を求めるか」によれば、人間は生きていると、ストーリーを合成する。人間は物語を聞く、読む以上にストーリーを自分で不可避的に合成してしまう。生きていて、何かを喜んだり楽しんだりするのは、その「物語」による意味づけのなせるわざ。これが私のブログ書きの説明になるかどうかわかりませんが?
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