醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  312号  白井一道

2017-02-12 14:28:51 | 随筆・小説

 夫婦二人で醸す酒

 日足が伸びてきた。夕暮れの五時になってもまだ明るい。仕事なき男たちにとっても夕暮れ時の赤ちょうちんが懐かしい。
寒いね。今日、ホーちゃんは都合が悪いらしい。欠席だ。
そうなんだ。
キーちゃんは耳カバーをし、襟巻、冬帽子を被り、自転車の乗って、憩いの館にやって来た。
今日の酒はどこの酒なの。
それは後のお愉しみだ。
私は自転車の駕籠から酒販店の坂長さんから仕入れた酒を二本を取り出し、暖簾を分けて飲み屋に入った。会場にはすでに三人の仲間が待っていた。
今日の酒はどこの酒なの。
今日は、夫婦二人で醸した名酒を楽しもうと思って仕入れて来ましたよ。
今日は何人なの。
キーちゃんが聞いてきた。
今日は七人だ。誰が欠席なの。
うん、今話したホーちゃんが都合が悪く欠席、それから前回から参加してくれるようになったセーちゃんはどうしたのかな。
セーちゃんはインフルエンザにかかっちゃったらしい。奥さんは重くて同じインフルエンザでも入院しちゃったらしいよ。
それじゃー、今日は六人か。オーちゃんが言った。今日から参加したいと言っている人をあーちゃんが連れて来るという話だから七人になるかな。まだ全員揃わないけれど時間になったから始めようかと、言っているとアーちゃんがやって来た。「すいません。後れちゃって」と、言いながら今日から参加してくれるというカーちゃんと一緒に入ってきた。
それじゃー、始めようか。今日のお酒は夫婦二人で醸している名酒、三重県桑名の酒「颯(はやて)」と愛媛の酒「石鎚」だ。「颯」からいこうか。
フルーティーで飲みやすいね。ちょっと女性向なんじゃないの。とっても飲みやすいよ。昔の酒のように顔を背けたくなるようなものが何もないね。
一口飲むとオノちゃんが口を開いた。手酌して次々に一升瓶を回していく。キンちゃんは思いつめたような声で発言した。
旨いねー。いくらでも飲めちゃうね。帰り大丈夫かな。ちょっと心配になってきたよ。オーちゃんはラベルをじっと眼鏡をかけて読んでいる。おもむろに言った。精米歩合が五五%、純米吟醸、無濾過生原酒。一口含むと言った。香りがいいね。
順々に一升瓶が回り、キーちゃんの番になった。
この酒は飲み過ぎちゃいそうだよ。アルコール度数が17°もあるのにこんなにのど越しが良いなんて不思議だよ。
シーちゃん。この酒の米は何なんです。
この酒の米は三重県だけで栽培されている「神の穂」という酒米だ。酒米というと大粒で柔らかく、でんぷん質の部分が大きいという特徴があるでしょ。その代表的な米がと言うとオノちゃんが言った。「山田錦」。そう「山田錦」や岡山の「雄町」に比べるとやや小さく、硬い。だから吸水にも時間がかかるし、溶けるにも時間がかかる。だから造りの難しさがあるんだと蔵元は話していたよ。
それぞれ酒米の特徴によって造りが微妙に変わっていくんですね。
それぞれの酒米の特徴というか、性質を知るには時間がかかるみたいだよ。
ラベルを見ると日本酒度が+2度もあるのに甘く感じるね。初めて仲間になったカガちゃんが言った。
 幾分の炭酸の香りが味のメリハリを付けているように感じたな。アサちゃんが言った。焼いた銀杏を肴に一通り一升瓶が回るとそれぞれ青野菜のソティーをつまみ、次の酒、「石鎚」をいただいた。うーん。違うね。こんなに違うもんかね。軽くて味がないような酒だね。独り言のような感想が続き、名酒を楽しむ会は続いた。