醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1424号   白井一道

2020-05-30 10:54:50 | 随筆・小説



    方丈記 予(われ)物の心を知れりしより


原文
予(われ)物の心を知れりしより、四十あまりの春秋をおくれる間に、世のふしぎを見ることやゝたびたびになりぬ。去(いんじ)安元三年四月廿八日かとよ、風烈しく吹きてしづかならざりし夜、戌の時ばかり、都のたつみより火出で來りていぬゐに至る。はてには朱雀門、大極殿、大學寮、民部の省まで移りて、ひとよがほどに、塵灰となりにき。火本は樋口富の小路とかや、舞人(病人)を宿せる仮屋(かりや)より出で來けるとなむ。吹きまよふ風にとかく移り行くほどに、扇をひろげたるが如くすゑひろになりぬ。遠き家は煙にむせび、近き辺たりはひたすら焔(ほのお)を地に吹きつけたり。空には灰を吹きたてたれば、火の光に映じてあまねくくれなゐなる中に、風に堪へず吹き切られたるほのほ、飛ぶが如くにして一二町を越えつゝ移り行く。その中の人うつし心ならむや。あるひは煙にむせびてたふれ伏し、或は炎にまぐれてたちまちに死しぬ。或は身一つからくして遁れたれども、資財を取り出づるに及ばず。七珍萬寳(しつちんまんぽう)、さながら灰燼となりにき。その費(つひ)えいくそばくぞ。このたび公卿の家十六燒けたり。ましてその外は數を知らず。すべて都のうち、三分が一に及べりとぞ。男女死ぬるもの數千人、馬牛のたぐひ邊際を知らず。人のいとなみみなおろかなる中に、さしも危き京中の家を作るとて寶をつひやし心をなやますことは、すぐれてあぢきなくぞ侍るべき。

現代語訳
 私はもの心が付いてから四十年余りの年月をおくった間に世の中の不思議を見る事が度々あった。去る安元三年四月二八日であったろうか。激しい風の吹き静かではなかった夜、午後八時頃、都の東南から出火し西北に燃え広がった。果ては朱雀門、大極殿、大学寮、民部省まで燃え移り、一日で塵灰になった。火元は樋口富(ひぐちとみ)の小路であったとか。病人が寝泊まりする仮屋から出火したようだ。縦横に吹く風に火足が移り行きほどに扇を広げたように末広がりに燃え広がった。遠くの家は煙にむせび、近くではひたすら焔が地に吹きついた。空には灰が吹き上がり、火の明りに照らされてそこら中が紅に染まる中を風に勢いに吹き切られた焔は飛んでいくかのように一、二町を越えて燃え広がっていく。その中の人はまさに生きた心地はしなかったであろう。或いは煙にむせび、倒れ、或いは焔に目が眩み、たちまち死ぬ。或いは身一つ辛うじて逃れたとしても、資財を取り出すことができない。あらゆる宝物がすべて灰燼に帰した。その費用は幾らになることだろう。この度、公卿の家が一六軒が焼けた。ましてその他は数が分からないほどだ。すべて都の中の三分の一に及んでいる。男女死んだ人が数千人、馬牛の類はどのくらいになるのかが分からないほどだ。人の営みは愚かなものであるが、そんなにも危険な都の中に家を造るため宝を費やし心を悩ますことは実につまらないことのように思われる。


 耐火材としての木材  白井一道
 「燃焼」とは、一般的に炎やそれによる発光を伴う。木材を加熱すると、初めは水分が空気中に飛び散る。その後可燃性の分解ガスが発生して、熱分解が盛んとなると、着火源がある場合には引火し、そうでない場合でも表面温度が高くなると発火する。火炎は空気中に生じており、対して木材表面では熱分解によって炭化層が形成される。こういった現象が三次元的に拡張し火炎が伝播することで「燃えている」状態となる。このことは有機質材料では同様に生じる現象であり、自身が熱源となって周囲へ燃焼が拡大する性質は、無機質材料(構造材料で言えば鋼材・コンクリート)との差異である。しかし、外的な加熱を要因とする、構造部材としての木材の強度低下に関する性能は、鋼材に勝っていると言える。高温下における機械的性質については有機・無機質材料でも、その性能は低下するのが一般的である。その温度と機械的性質に対する性能曲線に差はあるものの、特に鋼材については350度程度で弾性限界荷重が約半分になることが知られており、高温に弱い材料である。木材でも熱分解が盛んとなると健常状態の2割程度の強度となるものの、熱伝導率が鋼材に比して1/1000倍もの倍率であるために、同様の加熱条件であれば木材の方が強い。このことは木材表面からの炭化層の形成にも関係があり、形成された炭化層の熱伝導率は木材の1/2~1/3であることから、木材の内部方向への燃焼速度は比較的緩慢であり、この効果によって木材は急激な強度低下を抑制される。木材は鋼材より耐火性がある。