醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1446号   白井一道

2020-06-22 11:35:44 | 随筆・小説



   「コロナ失業」冷酷に切り捨てられる人々の叫び 長期自粛のダメージが長く広い範囲に及ぶ
                                          風間 直樹 2020/06/22

「私たちはこれまでジムの会員に寄り添って話を聞き、一緒に頑張って手助けするように言われてきました。でも今回の扱いをみると、会社にその精神があるとは到底思えませんでした」
スポーツジム業界の最大手、コナミスポーツでインストラクターとして働く40代の女性は、会見で涙ながらに訴えた。3人の息子を育てるシングルマザーのこの女性は、アルバイトながら、これまで週4日、1日8時間とほぼフルタイムで勤務し、月収にして約20万円を稼いで生活していた。だが、新型コロナウイルス対策として、3月からレッスンが休止され収入が激減。さらに翌月、緊急事態宣言が発令されるとジムは完全に休館となり、女性も休むよう指示された。
 労働基準法では会社の都合で従業員を休ませる場合、平均賃金の6割以上の休業手当の支払いを義務づけている。ただ女性は休業時の補償について事前に説明を受けていなかった。
 不安を覚えて社員であるマネジャーに尋ねると、「緊急事態宣言の要請による施設の使用停止だから、休業手当の支払い義務はない」の一点張りだった。それを聞いた女性は、「今、私たちを見捨てておいて、再開時に生き残っていた人だけまた働こうよ、そう言われたとしか思えません」と憤る。
 収入がなくても、家賃や食費、光熱費など3人の子供との生活費は普通にかかる。「仕事柄ケガも多く、子供のためにある程度貯金をしていました。心苦しいけど、今はそれを取り崩して生活しています」という。女性は同僚と個人加盟できる労働組合「総合サポートユニオン」の組合員となり、会社に休業手当の支払いを要請。同社は給与全額の休業手当をアルバイト全員に支給すると発表した。
サービス業で休業者急増
 『週刊東洋経済』は6月22日発売号で、「コロナ雇用崩壊」を特集。外出自粛で弱者にシワ寄せが及び、大失業時代が訪れようとしている現実を、多角的に描いている。
 このインストラクターの女性のような「休業者」のかつてない増加は、リーマンショック時には見られなかった、今回のコロナ雇用危機の最大の特徴だ。総務省が5月末に発表した4月の労働力調査では、完全失業率は前月比わずか0.1ポイントの上昇にとどまった一方、休業者数は前年同月の177万人から過去最多となる597万人まで、一気に420万人も増加した。リーマン時には就業者の2%強にとどまったのに対し、今回は1割近くが休業していることになる。
 産業別の濃淡もはっきりしており、宿泊、飲食、小売りなど、新型コロナの影響が直撃しているサービス業で休業者が急増している。サービス業では一般に、製造業などと比較して女性比率、非正規比率とも高い。実際、5月31日と6月1日に各地の労組やNPOなどが共同開催した電話相談では、相談者の6割超が女性で、7割超の雇用形態が非正規だった。会社都合による休業とその補償に関する相談内容が最も多かったという。
 こうした状況に対して、政府も対応を進めている。6月12日に成立した約32兆円の2020年度第2次補正予算は、働き手の支援に相応に配分されている。
 その柱となるのが、休業手当を支払った企業にその費用を助成する、雇用調整助成金(雇調金)の拡充だ。新型コロナの感染拡大を受け、これまでも条件緩和を進めてきたが、1人当たりの日額上限を8330円から1万5000円に引き上げ、対象労働者に雇用保険の被保険者以外も加えるなど、大幅に拡充する。
 後に助成されるとはいえ、資金難で休業手当の持ち出しができない中小企業を想定し、従業員が国に直接申請して支援金を受け取れる新制度も設けられた。月額33万円を上限に、賃金の8割を払う形で制度設計が進められている。
深刻化する相談内容
 ただこうした支援策はあくまで雇用維持のための一時的なものだ。緊急事態宣言が解除され、「失業予備軍」である休業者が、今後元どおりの仕事に戻れるのかがポイントとなるが、決して楽観はできない。
 感染拡大前に多くの産業が深刻な人手不足に陥っていたこともあり、コロナ禍が早期に収束に至ることを見込んで、従業員に休業を求めている企業は多そうだ。だが、感染拡大の第2波、第3波が発生したりして企業活動の停滞が長引けば、企業が非正社員の雇い止めや正社員の解雇に踏み切る懸念は強い。
 労働相談を受けている現場からも同様の声が上がる。「当初は『アルバイトのシフトが削減された』といった相談から、『休業要請されたのに手当が支払われない』といった内容が続き、今は雇い止めや解雇の相談が寄せられている。日を追うごとに相談内容が深刻化している」(全労連の仲野智・非正規センター事務局長)。厚生労働省によれば、新型コロナ関連での解雇、雇い止めは見込みも含め、6月中旬に2.4万人を超えた。
 名物の「うどんすき」で知られる日本料理店「美々卯」(みみう)を関東で展開する「東京美々卯」は5月下旬、新型コロナの影響で事業継続が困難になったと判断して、全店を閉鎖。約200人の従業員に退職合意書に署名するよう求め、応じなかった社員は解雇を通告された。
 「確かに経営が厳しい時期もあったが頑張って切り抜けてきたので、新型コロナも乗り越えられるだろうと思っていたからショックだ。十分な説明や従業員への補償もなく閉店することには、納得できない」。同社で30年以上働いてきた50代の店長は心境を語る。同社従業員が加盟する全労連・全国一般労組は、解雇が不当労働行為に当たるとして、東京都労働委員会に救済を申し立てた。
 「退職金はおろか引っ越し代すら出ないのに、寮から退去するよう求められて途方に暮れている」。入社3年目のホール主任の女性(21歳)は話す。女性は高卒後に九州から上京し、同社で働き始めた。「長年の常連客も多く、上司も面倒見がよい働きがいのある職場だった。事業を継続してほしい」。
寮住まいの期間工や派遣社員は仕事も住居も失う
 リーマンショック時には雇用の受け皿となったサービス業が激震に見舞われる中、当時リストラの嵐が吹き荒れた製造業の雇用の見通しはどうなのか。経済産業省が5月末に発表した4月の鉱工業生産指数は現行基準で過去最大の下げ幅となり、業種別では自動車が前月比33%減と大きく落ち込んだ。
 自動車産業は裾野が広いうえ、生産ラインでは正社員のほか、期間工や派遣社員など多くの人材を活用している。「自動車向けは4月から600人の増員が決まっていたが、新型コロナですべて白紙になった。全体で2500人程度の待機人員(休業)が生じる見通しだ」。ある製造派遣大手の経営者は厳しい見通しを示す。別の製造派遣大手幹部も、「トヨタ自動車は本体こそ派遣の雇用も守る方針だが、下請けになると厳しい。ある程度の待機人員の発生は覚悟している」と話す。
 生産ラインで働く期間工や派遣社員は、メーカーや派遣会社が提供する工場近くの寮に住む場合が多い。雇い止めに遭うと、仕事と住まいを同時に失うことになる。
 失職し生活困窮に陥った人への目配りは欠かせないはずだが、ここでも新型コロナが暗い影を落とす。5月1日、全国的にメーデー開催が自粛された中、三重県の労組「ユニオンみえ」はメーデーを実施。食事提供や生活相談を行う「派遣村」を開催した。
 「住まいを失い蓄えも尽き、もう6日間も食べておらず死ぬことばかり考えていた。たまたまラジオで知ったことで、ここまでたどり着くことができた」。元内装業の50代の男性は安堵の表情を見せた。男性は労組の支援を受け、今は健康を取り戻したという。
 他人と十分な距離を取る、多数で集まらないなどの新型コロナの感染予防対策が、支援の手が届きにくい環境を生み出しているのは間違いない。その中でどう小さな声を拾い、命をつないでいくのか。今回のコロナ雇用危機への対応には、複雑な連立方程式を解くことが求められている。