長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

【血が織り成す芸術】

2010-11-25 14:01:22 | 日記・エッセイ・コラム

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ここでサラブレッドの血統の話をしてみよう。
三歳馬達の父親を見れば、G1ウイナー達がズラリと並んでいる。
中でもネオユニヴァース、キングカメハメハ、スペシャルウィークの三頭は、日本ダービー馬である。
ダービー(東京優駿)とは競馬関係者にとって、どの大きなレースよりも特別な存在らしい。
それ故強いだけでは勝てない、生まれつき強運を持った馬が勝つとされている。
その強運を血として受け継ぐのだ、それだけで験がよいという訳なのだろう。
さて日本のサラブレッド史上に多大な影響を与えた血統が、イタリア生まれの無敗の名馬ネアルコからの血筋である。
このネアルコからは、ナスルーラーとノーザンダンサーに、その血が受け継がれた。
それとネアルコからもう一方、ターントゥへ流れ、ヘイルトゥリーズンにも受け継がれた。
ナスルーラーからセダーン系に分岐して、その流れから輩出されたのがトニービンとハイエストオナーである。
ナスルーラーからは他に、ブラッシングルーム系からのキャンディストライプスとナシュワン、ミルリーフ系のマークオブエスティーム、リヴァーマン系のリヴリア、ボールドルーラー系のシアトルスルー等がいる。
一方ノーザンダンサーは、世界を席巻する勢いで一大種牡馬となった。
当然ノーザンダンサーからの血筋は、日本にも多く入っているが、何といっても代表的なのはノーザンテーストだろう。
ノーザンテーストは後にサンデーサイレンスが登場するまで、日本では№1の種牡馬だった。
ノーザンダンサーの血筋は他に、直系のサドラーズウェルズや、ニジンスキー系のラムタラやジェネラス、ストームバード系のストームキャットがいる。
それからダンチヒ系からの流れのディンヒル、ヴァイスリージェント系に流れたフレンチデピュティ、トライマイベストに流れたラストタイクーン等々、枚挙に暇がないというか切がない程なのだ。
そしてヘイルトゥリーズンだが、日本では他のターントゥ系に比して、このヘイルトゥリーズンからのラインは群を抜いての活躍である。
ヘイルトゥリーズンからはヘイロー系やロベルト系といった、重要な血筋に分岐しているのだ。
ヘイロー系ではサンデーサイレンス、そしてロベルト系ではリアルシヤダイやブライアンズタイムやクリスエスが輩出されている。
トニービン、サンデーサイレンス、ブライアンズタイムの三頭は、日本では種牡馬御三強とでもいうか、御三家とでもいうべきか、数々のGⅠウイナーを輩出しており、今やこの血を受け継ぐ競走馬はワンサカいるのである。
引退した七冠牝馬ウオッカの父タニノギムレットは、ブライアンズタイム産駒である。
ここで付け加えておくが、種牡馬御三強と反対にエイシンフラッシュ(本年ダービー馬)の母父となるプラティニは、ハンプトン系という血筋で、ハンプトン自体は日本には馴染みが薄い。
だがハンプトンからハイペリオンへと受け継がれ、やがてチャイナロックから日本最初のアイドルホースである、かのハイセイコーが生まれたのである。
ところで、ノーザンダンサーの母方の祖父にあたるネイティヴダンサーは、恐らく世界で最初のアイドルホースだろうと思う。
当時テレビの普及に伴い、全米でその名が知れ渡っていた。
競馬に興味のない人でも、ネイティヴダンサーという馬は知られていたのだ。
ネアルコと同じファラリス系に属しているが、現役当時の輝かしい戦歴程には、種牡馬として活躍はできなかった。
ところが、その血はやがてミスタープロスペクターに受け継がれ、アフリートやキングマンボやマキャヴェリアンやウッドマンやガルチ等へと流れて行った。
ついでながら、ヘクタープロテクターはウッドマン産駒、サンダーガルチはガルチ産駒である。
現在競い合っている三歳馬達の血筋が、以上のようなことに凝縮されていると思う。
よくよく考えてみれば、遡ると英国でエクリプスという伝説の名馬が生まれてより、およそ250年程の歴史が、サラブレッド達の血の中には培われている。
日本では田沼意次が徳川幕府において、老中への出世街道を歩み始めた頃、英国ではサラブレッドの鼓動が脈々と打ち始め、やがてその血が世界を駆け巡って行ったのである。
サラブレッドとは血が織り成す芸術だと私は考えている、やはりそこにはロマンがある。


【エーシンフォワード】

2010-11-23 13:26:47 | 日記・エッセイ・コラム

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マイルチャンピオンシップは、13番人気のエーシンフォワードが、1番人気のダノンヨーヨーをクビ差押さえて混戦を勝ち取った。
おまけに勝ち時計1:31.8のレコードタイムつき。
エーシンフォワードは、これまで勝った重賞が今年の阪急杯のみで、さほど目立つ存在ではなかった。
阪急杯の後高松宮杯に3着して、この時ちょっと目立ったが、安田記念では10着に沈む・・・。
秋になって、前走スワンSは8着とふるわず。
それが道中中段につけて、直線で競り勝ち。
ダノンヨーヨーは仕掛けが遅かったか?、クビ差届かず。
そのハナ差3着のゴールスキー(6番人気)、そのハナ差4着サプレザ(2番人気)。

更に1馬身1/4差でライブコンサート(12番人気)が5着。

4番人気のトゥザグローリーは7着、5番人気のスマイルジャックは6着に終わった。

これが競馬である。
エーシンフォワードはこれで23戦6勝
父はノーザンダンサーから流れるストームキャットの血ひく、フォーレストワイルドキャット。
母ウェークアップキッスはヘイルトゥリーズンから流れる、と言うよりはターントゥ系と言ったほうがよいだろう。


柴田よしき著【窓際の死神(アンクー)】

2010-11-20 13:02:20 | 本と雑誌

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『おむすびころりん』
総務部勤務の佐野原多美は、ダイエットを始めて一ヶ月と少し。
朝も昼も塩むすび一個だけ、夜はレトルトの玄米がゆに茹でた野菜。
だが多美は、自分が痩せても綺麗にならない事実に気づいていた。
ランチタイムにもアフターファイヴも同僚たちと食事することがなくなって、知りたい情報から切り離されてしまった。
布川恭助についての情報・・・。
大阪支社から転勤になって企画部所属の彼に、二年前社内コンパに参加し初めて言葉を交わし、ほとんど一目惚れしてしまった。
しかし思いは結ばず、いつのまにか多美の同僚である相馬絵里と恭助は恋愛していて、二人が婚約したとの噂。
その噂が出たのとほぼ同時に、絵里が営業部に異動してしまい、多美には情報が入らなかった。
そんなある日、廊下ですれ違った絵里が、以前より格段に綺麗になっているのを多美は見た。
絵里はそう目立って美人だとも思わなかったが、確実に美しく変貌をとげていた。
翌日から多美は、塩むすびをひとつ持って会社に行くようになった。
虚しいダイエットに多美は鬱々とするうち、絵里が死ぬ姿を妄想し出す。
そんな多美に、島野が声をかけてきた。
彼は総務部に新設された、業務改善室室長。
総務部主任の肩書きだが、部下もいなく完璧な窓際業務である。
とはいえ、どんな仕事をしているのか誰も知らない、実に不可解な存在。
給料ドロボーと陰口を叩かれながらも、飄々としていて邪気がなく、毒にも薬にもならないタイプのようであった。
しかし、業務部改善室室長・島野耕造の正体は、なんと死神だった。
その死神を自分に引き寄せたのは、多美自身の〈絵里の死〉を願う歪んだ心かもしれない。
島野は多美に言った、「あなたが死神のわたしを認知できるのは、あなたに死を察知する力があるから・・・」
「あなたがその女性の死について空想するのは、あなたのそばにいる誰かがもうじき死ぬことを、あなたが予知しているから・・・」
「相馬絵里は死なない・・。死ぬのは布川恭助です。あなたが好きでたまらない男ですよ。その魂を黄泉の国へ連れて行くのが、わたしの仕事・・・」

『舌きりすずめ』

西城麦穂は、小説の投稿を始めて二年弱。
これまで年に四つ五つの新人賞に応募した。一次通過したのがたった三つ。二次通過はない。
絶対の自信を持って投稿したが、今回も落ちた。
午後から会社行くと電話して、本屋が開店するのを待った。
結果が載っている雑誌の頁を、穴が空くとほど見つめ続けたが、自分の名前はなかった。
麦穂は怒っていた。
この雑誌の編集部には馬鹿しかいないに違いない。
田舎の母親は、父の死後、お金で苦労し通しだった。
その背中を見て育った麦穂は、お金の苦労だけしたくないと思い続け、経済力のある男との結婚を願った。
いつも疲れ切っているキャリアウーマンなぞではなく、優雅なシロガネーゼを目指した。
公立高校に通いながら、学校で禁止されているバイトを三年間必死でこなし、私大の入学金分の貯金をつくった。
ちゃんと勉強もし、お嬢様大学に入学できる程度の偏差値も確保した。
幸運にも東京の短大の推薦入学を決め、就職活動も職種を選ばず、一流の企業ブランドにだけこだわり、希望に近いところに潜り込んだ。
気になっていた鼻と顎も整形した。
しかし順調だったのは四年前まで、条件の揃った相手が二股をかけていて、もうひとりの女が妊娠してしまった。
「君みたいな人だったら、他にいくらでもいい縁談があるよ。でもあいつは、僕がいないとだめな女なんだよ」
麦穂は捨てられた。
結婚だけが関心ごとの、いい縁談になるかどうかだけを基準にして男を選ぶ女。
それが麦穂に貼られていたレッテル。
それでも心のどこかで〈愛されたい〉と願う麦穂は、お金に不自由したくないと切実に思う気持ちと相まって、愛人生活に落ちてしまった。
塩崎雅人、友人とコンピューターソフトの会社を興し軌道にのり、目黒に一戸建てを構え、愛車はアウディ、アメックスのプラチナカードを持ち、銀座老舗で仕立てた英国製生地のスーツを愛用する。
妻子がいる、ということを除けば、恋人とし過不足ない男。
駒沢駅近くで、リビングが広く南向の1LDKの部屋に、麦穂は住んでいる。
塩崎に家賃15万の半分を援助してもらっている。
結婚寸前だった恋愛が壊れて、その噂が広まった時、前の会社は辞めた。
幸い次の就職先は見つかったが、ステイタスも給料もだいぶ落ちた。
元々塩崎の希望で引越した部屋なので、全額を負担してもらってもよいのだが、〈囲われ者〉になる気がして憂鬱になる。
こんな関係は早く清算して軌道修正したい、そんな動機で小説を書いてみたら案外するする書けて、公募に応募したら一次を通過した。
自分には文才があると思ったのだが、今度もだめだった・・・。
雑誌をゴミ箱に投げ込んだ。
労働意欲も湧かず、結局休むと連絡した。
部屋を出た麦穂は、ぶらぶらと三軒家の方向に歩き、目についた《すずめのお宿》というしけた喫茶店でコーヒーを頼んだ。
まずいコーヒーに嫌気がさし店を出たら、先客の冴えない中年男が後をついて来た。
イライラが爆発した麦穂は、その男に咬みついた。
ところがその男は麦穂の名前を知っていて、見慣れた社員証を見せた。
麦穂と同じ会社の社員だった。
総務部所属の麦穂としては、その男の名前を知らないことを、恥じなければならなかった。
麦穂が聞いたこともないプロジェクトチームに、他社から呼ばれ出向して来たようだ。
男の名は島野。
島野は麦穂がゴミ箱に叩き込んだのと同じ文芸雑誌を鞄から取り出し、新人賞一次通過者の発表頁を開いた。
そこに載っている《片野ちぎり》が、麦穂と同じ総務部の片野京美であることを話す。
片野京美が、島野の入社準備を手伝ってくれたと・・・。
太ったチビ、小さい一重瞼の目、頬に出る赤ニキビ、出っ歯、あんな顔でいったいどんな小説が書けるのか!
片野京美が新人賞を受賞したのをきっかけに、麦穂は会社を辞めた。
そして、フランスの田舎のビストロをイメージした店《ポムドテール》で、ウエイトレスとして働くようになっていた。
時給八百円、一日五時間、週一日定休日、毎日こまねずみのように働いて、一ヶ月十万円にも満たない。
ランチタイムには、ほとんど息つぐ暇もない忙しさ。
塩崎にはまだ打ち明けてはいない、彼の援助がなければ、前に住んでいたワンルームの家賃でさえもう払えない。
それでも、この職場も仕事も気に入っていた。
だがこの新天地《ポムデトール》に、《片野ちぎり》が編集者とやって来た。
東側の明るい窓辺、早く予約しないとなかなか座れない席、四番テーブルで優雅なランチ。
《片野ちぎり》として、片野京美は作家の道を順風に歩んでいるようであった。
動揺する麦穂。
一度は吹っ切ったはずが、嫉妬が渦巻き、憂鬱が捕らえて揺さぶり始める。
そんな麦穂は帰路の電車で、再び島野と出くわした。
島野はパリに魂を吸い取られた絵描き《佐伯祐三》について話し、その絵を見に東京駅近くにあるブリヂストン美術館へと麦穂を誘った。
佐伯に会ったと話すが、この孤高の天才画家は明治末に生まれ夭折しているはず、明らかに計算が合わない、いったい島野は何歳なのか。
気味の悪さを感じながらも、麦穂は島野と美術館に訪れ、代表作のひとつである《テラスの広告》を見た。
だが美術館で島野は、驚愕の話しをして聞かせる。
自分が《死神》であると・・・。
麦穂の魂を迎える為に来たのだが、予期せぬ何かが起こり事情が変わってしまった。
麦穂の担当ではなくなり、別の人の担当になっていた。
麦穂の寿命は延びた。
それなのに、「電車の中で、あなたがわたしに気づいた・・・」
死神が見えるということは・・・。

おとぎばなしを題材に、二部構成で語られる奇妙な噺。
読みやすく、なかなか面白い内容なのもあるが、本に枯渇していた自分にも気づく。
命の真の在り様、生きるということの真理を、本当に分っているからこそ、死神なのであろう。
仏ブルターニュ地方に伝わる死神アンクー、その姿を見ると、自分または自分の愛する人が死ぬ・・・。


北森鴻著【香菜里屋を知っていますか】

2010-11-20 12:50:14 | 本と雑誌

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東急田園都市線の三軒茶屋駅。
駅から地上に上がり、世田谷通りを環状七号線に向かって歩くこと二百メートルほどのところを左折して、あとはいくつかの路地を右へ左へと進むと、やがて路地裏に、ぼってりと淡い光をたたえた等身大の提灯が見えてくる。
提灯にはのびやかな文字で、「香菜里屋」と書かれている。
焼き杉造りの分厚いドアを開けると、絶妙のタイミングで「いらっしゃいませ」の声が優しく迎えてくれる。
そこは十人ほどが座れる長さのL字形のカウンターと、テーブルが二つあるだけの小さなビアバー。
精緻なヨークシャーテリアが刺繍されたワインレッドのエプロンを着けた、そのヨークシャーテリアに似たマスター工藤哲也が、いつも人懐っこい笑顔を浮かべ、一人で切り盛りする店。
度数の違う4種類のビールと旬の食材を使った絶品の料理で、さりげなくきめ細やかに饗す。
だがそれだけではない、客が持ち込む謎に密かに耳を傾け、見つかりそうもない答えを「あくまでも推測の域を出ませんが」と、これまたさりげなく提供するのがここの裏メニュー・・・。
《香菜里屋》工藤哲也シリーズ最終章。

『ラストマティーニ』
猛暑の中、空調機が故障してしまい、《プロフェッショナルバー香月》の臨時休業を余儀なくされた香月圭吾。
ひとまず馴染みの《BAR谷川》に行き、いつものコーンウイスキーのソーダ割りを二杯飲み干し、〆にはこれもまたいつものマティーニを注文した。
しかしその日香月に供されたマティーニは、水っぽい最悪のカクテルだった。
香月など比するに及ばぬほど、超ベテランバーマンの谷川真介。
信じがたい基本中の基本であるミスを、その老バーマンは犯してしまっていた。
もうろくしたのか・・・。
「谷川の爺さん、どうしてあんなシロモノを作っちまったのかな」、答えは見つからぬまま、香月が《プロフェッショナルバー香月》の店じまいを始めようとしたとき、ドアが静かに開いた。
《香菜里屋》の工藤哲也が、珍しく香月の店のスツールに腰を下ろした。
二人は嘗ての僚友であり、十五年越しの腐れ縁であった。
谷川のことを聞かせたら、彼はなにもいわなくなった。
工藤もまたトラディショナルな《BAR谷川》と、その店主をよく知るひとりである。
老バーマンは謎だけを残し、潔く店をたたんでしまった・・・。

《香菜里屋》の常連客である飯島七緒は、嘗て参加していた自由律句の結社《紫雲律》で出会った、老俳人の死を巡り山口県にまで向かったことがあった。
不思議な縁でその山口県に、七緒は嫁ぐことになった。
相手は三歳年下の相田賢治。
だが《香菜里屋》を去り、東京を離れることに、やはりさみしさを感じる。
同じ常連客で知り合った根岸明美と、そして先だってバーマンと結婚した、笹崎改め香月ひずるとの三人で、「居酒屋探検隊プレジール」と称して飲み歩いた時期もあった。
プレジールとは、仏語で「楽しむ」こと。
明美が祖母の介護で大変になり、その間活動は休止していた。
その祖母が二ヶ月前に亡くなった。
徐々に活動再開かに思われたプレジールだが、明美の様子がおかしい。
銀座のモツ煮込みで有名な大衆酒場で、久々に合流した三人だが、途中で気分が悪くなった明美は、尋常でない顔色で帰ってしまい、その後暫く連絡が取れなくなった。
ところが《プロフェッショナルバー香月》で再会した明美は、なんでもなかったかのように振舞った。
しかし、度が過ぎた酔客が持ち込んだおでんの香りに、なんと明美が激しく嘔吐し、その後彼女の行方がわからなくなってしまった。
いったい明美になにが起こったのか・・・。

『背表紙の友』
その夜、東山朋生は甥の石坂修・美野里夫婦と、行きつけの《香菜里屋》で待ち合わせていた。
先に店で飲んでいた東山は、たまたま隣のスツールに座った男女二人連れと、胸襟を開いて三人で会話した。
男は浜口という名で、妙に人懐っこい。
どうしたきっかけからか、東山が中学生の頃に犯した、おろかな過ちの話に及んだ。
ませガキの間で、当時山田風太郎の「忍法帖」の噂が侵蝕していった。
だが隠微なエロスに満ち溢れた表紙のイラストから、とても町に一軒しかない本屋のレジに、東山は持ち込む勇気はなかった。
読みたい思いが募った挙句、東山は一計を案じた。
他の文庫と表紙を入れ替えて、レジに向かった。
ちょうどよいことに、高村光太郎の詩集と「忍法帖」が同じ値段だった。
その後も一冊また一冊と、表紙を取り替えた、「忍法帖」のコレクションを増やしていった。
二人連れが去った後、工藤は「先ほどのお話、きっかけはどのようなことから始まったのでしょうか」と、何故か訝しげだった。
「わたしにはどうしても唐突に思えて・・・」、彼にしては珍しく答えを探しあぐねていた。
だが町に一軒しかない本屋が、古書店であることに気づいていた。
そうこうするうちに、甥夫婦が店にやってきた。
実は東山は会社を辞し、岩手県の雫石にある旅館で働くことを決意していた。
そのことを、今夜告げるつもりでいたのだ。
四十代半ばまで独身を通してきてしまって、属する会社組織だけに生きる自分が、その組織から離れると、なにも残らないことに気づいた。
己の来し方行く末に、少しくたびれてもいた。
プロジェクトを終了させた東山は、突然東北の旅に出た。
元々《香菜里屋》の常連だった日浦映一が、花巻で営む居酒屋《千石》に、立ち寄るのも計画のひとつだった。
日浦夫婦と雫石に寄った折、日浦の妻の古くからの知り合いが主人の旅館に宿泊し、その素朴さに東山は惚れこんでしまった。
夫婦二人では人手が足りず、予約を断ることさえあるという。
「どこかにいい番頭はいないか・・・」
日浦を介して東山に、旅館の主は礼を尽くし申し出た。
辞表を提出し会社にとって無用となった東山は、有給休暇を消化し、引越し準備に取り掛かった。
そんな彼に、工藤から「変わった宅配物が届いているのですが」との知らせが入り、《香菜里屋》へと出かけた。
中身は極上の馬刺しであった。
「わが背表紙の友に」とあり、発送は馬肉販売店からで、依頼者は不明だった。
これはあなた宛で、送り主は浜口氏ではないかと工藤はいう。
山田風太郎作品の顛末を、浜口氏が会話を操作して、聞きだそうとしていたように思えてならないと。
浜口氏はあなたに、あのいたずらを思い出して欲しかった・・・。
平積みなどほとんどない地方の古書店、書籍は棚ざしで、客に見えるのは常に背表紙・・・。
後日雫石の旅館で肉体労働に勤しむ東山の元に、「背表紙の友」から手紙が届けられた。
浜口敬からであった・・・。

『終幕の風景』
久しぶりにやってきた《香菜里屋》。
なぜだかわからないが、違和感を感じた。
別になにも変わったところはないようだが、しかし名物の「タンシチュー」と、メニューが消えていた。
このことを聞いた《プロフェッショナルバー香月》の香月圭吾が、表情を変える。
あの「タンシチュー」は、二人が修業していた店の経営者、「親父さん」と呼んでいた人物からの直伝。
その「親父さん」の娘「香菜ちゃん」から、《香菜里屋》の名が生まれた。
「香菜ちゃん」が帰るべき古里。
「親父さん」が亡くなる直前、小さな不幸が店を襲い、傷は見る間に広がり、結局、店は消滅した。
以外にもいろいろあり、「香菜ちゃん」はひどく傷つき、二人の前から完全に姿を消してしまった。
そのときから工藤は《香菜里屋》で「香菜ちゃん」を待ち続け、彼女の帰還をひたすらに願う男となった。
《香菜里屋》からメニューを消し、タンシチューが消えた、そして店の空気が変わったのは、いつに増して丁寧に掃除をしたから・・・。
工藤はいったいなにをするつもりなのか?
「わからない」
なにもかも承知の顔つきで、香月がいった。
待ち人現るか・・・。
《香菜里屋》で香月への手紙を書き終えた工藤の前に、片岡草魚こと魚澄草樹が現れた。
久しぶりにやってきた《香菜里屋》に、妙な違和感を覚えたあの客である。
ワールドビールを二人で飲み少し語らい、草魚は姿を消した。
店を閉め鍵をかけた工藤を、嘗ての《香菜里屋》常連客たちが見送る・・・。
工藤哲也はみなに向かって、深々と頭を下げた。
長い間のご贔屓、本当にありがとうございました。

『香菜里屋を知っていますか』
雅蘭堂・越名集冶のところに、奇妙な風体の男が現れた。
デニムパンツにタートルネックの黒いセーター。アウトドア用のジャケットにニットのキャップ。
なににしても、まとっている空気が異質、年齢不詳でとらえどころがない。
《香菜里屋》は何故閉店したのか?工藤哲也はどこに行ったのか?その男は知りたいようだった。
三軒茶屋の商店街を、聞き歩いたようだ。
その男は、冬狐堂・宇佐見陶子の前にも現れた。
更に、東敬大学準教授・蓮丈那智の研究室にもやってきた。
だが工藤を一番よく知る、《プロフェッショナルバー香月》の主、香月圭吾の前には現れない。
何故ならその男は、香月とは絶対に顔を合わせたくないから・・・。
男の名は時田雅夫。
嘗て工藤哲也と香月圭吾が修業していた店で、同じく働いていた。
そして店主の愛娘「香菜」に横恋慕を抱き、彼女が慕う工藤を陥れ、その店を消滅させた男・・・。
工藤の側には「香菜」がいるはず、執拗に時田は彼女の後を追う・・・。
最後は、北森ワールド人気キャラ三名が締めくくる。

著者は【狂乱廿四孝】で第6回鮎川哲也賞を受賞し、本格的に作家としてデビューした。
そして《香菜里屋》工藤哲也シリーズとなる、【花の下にて春死なむ】で第52回日本推理作家協会賞短編及び連作短編集部門を受賞し、ミステリー作家としての地位を確立した。
工藤哲也の哲也は、重鎮鮎川哲也氏から引用したかもしれない。
もしかしたら、氏の「三番館シリーズ」をモデルにして、「香菜里屋シリーズ」は生まれたのではなかろうか?
今回最終章となり、自身の出世作との決別に、オマージュ的要素が濃いように思えた。
「鯛のかぶとの良いところが入っていますが」
「中華風の清蒸(チャンジョン)はいかがですか。香菜(シャンツアイ)がないので芹になってしまいますが・・・」
《香菜里屋》はどこかで始まっているはず・・・。


【エリザベス女王杯】

2010-11-15 13:36:27 | 日記・エッセイ・コラム

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http://www.ne.jp/asahi/komori/ugoku/

スノーフェアリーは強かった。
2着のメイショウベルーガを4馬身ちぎった。
アパパネは直線伸びがなく、ギリギリ3着に終わる。
アイルランドと英国オークス馬はちがうで。
アパパネは伸びがなかった、筒いっぱいといった感じ。
スノーフェアリーの父インティカブは、ヘイルトウリーズンから流れるロベルト系。
母ウッドランドドリームはインリアリティー系で、遡れば伝説的名馬マンノウオーの血が流れている。

これで10戦4勝(愛・英オークス・エリザベス女王杯)