長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

樋口有介著【刺青(タトゥー)白書】

2020-09-24 21:57:30 | 本と雑誌


2000年4月10日第1刷発行で、柚木草平シリーズの初期作品、彼がクール&ダンディで、更に敏腕ながら大変な女たらしとして描かれたもの。しかしながら、近年の柚木草平は、少々漫画チィックになってしまっている帰来があるような…。

薔薇の刺青(タトゥー)に死が匂う!
女子大生。アイドル。平凡な主婦。
それぞれに人生は気楽なはずだったのが…!?

CM中心に売り出し中のアイドル・神崎あや(本名小筆眞弓・こふで まゆみ)が、自宅として使っていたマンションで惨殺された。
全裸で、後ろ手に粘着のガムテープで縛られ、体中に切り傷をつけられ、最後はとどめに喉を刺されていた…。
唯一救われるのは、性的暴行を受けていなかったことか?
これは警察当局の読み通り、変質者の仕業だろうか…?

一方、渋谷の冷泉(れいせん)女子大学の4年生である三浦鈴女(みうら すずめ・皆からはスズメと呼ばれている)は、神田神保町の古本屋で卒論の資料をあさっていたその帰りに、向島小梅(むこうじま・こうめ)中学時代に同級生だった伊東牧歩(いとう まきほ)とばったり出会った。
近視のスズメは最初彼女が誰か分からなかった、それほど中学時代とは変貌し、キャリアウーマンのように洗練された女性になっていたからだ。
牧歩と一緒にいたのが、その中学校時代の野球部のエースで、当時女子の憧れのまとだった、左近万作(さこん まんさく)であった。明政(めいせい)大学で牧歩と偶然再会したそうな。
彼も悪い意味での変貌を遂げていた…。嘗ての面影もなく、単なる渋谷あたりにいる不良と同じとしか表現しようがなかった。
長身で冷淡に整った顔ではあるが、真っ黒に日焼けしていた野球少年の面影は消え失せていた。
頭髪は当時はスポーツ刈りだったが、今や長髪を首のうしろに束ね、右の耳には金色のリングピアスを光らせていた。服装も渋谷あたりで見かける不良とどっこいだった。
牧歩から、自分が東京テレビのアナウンサーに就職内定したので、それを祝ってくれる祝賀会が六本木であるからこないかと誘われるが、スズメはこれから父親の年男(としお)と会う約束だったので、本心としては参加したかったのだが、やむなく断った。
三浦年男は雑誌の編集者をしていて、その事務所に赴いたスズメは、柚木草平と初めて接近遭遇。
どうやらスズメにとって、最も苦手なタイプのようだった。
年男は「大変な女たらしなので柚木に近づくな」というが、「まぁしかし万が一にも、おまえに手を出すことはない」とも宣言された。
ならいうなって!!その年男こそが家出して、若い女と同棲している、まったくの不良親父なのだった。
年男は、かの「アイドル殺人事件」についての調査を柚木に委託していた。
そのアイドルの本名が、小筆眞弓であることを聞かされて、スズメはこれまた、中学の同級生であることに気づく。
牧歩も万作も変わり、そして小筆眞弓がアイドル・神崎あやに変身していたのに驚き、6年の歳月は皆を変えているのに、スズメとしては変わらないのは自分だけだと知る。
その夜は、不良親父(年男)に連れ回され、しこたま飲んだスズメは、翌日二日酔いの状態でテレビをなんとなく見ていて、伊東牧歩の変死(水死)を知り愕然とする。
中学の同級生が短期間に二人死んだことに、スズメは何か不審(おか)しいと感じ、自分が出来得る範囲で、とにかく調べてみようと考えた。
まず、昨夜牧歩と一緒だったはずの万作に会いに行くことにし、彼の実家の料理屋「左近」へ向かった。
「左近」は廃業していたが、万作とは会えた。
万作は肩を壊し野球を辞めていた、ただの大男で、しがない大学生になっていたのだ。しかも一浪。
牧歩とは飲み会の途中で、彼女に℡が入って、店から出ていってからのことは、まったく知らないと語った。
だが、万作は自分には昨夜の完璧なアリバイがあるとスズメに断言した。
その後スズメは、小汚い中華料理屋へ万作に連れていかれ、しこたま美味い料理を食って、紹興酒等を飲んで、結局最後は記憶がなくなってしまった。
ただスズメの心中は複雑だった、実は万作に対して密かに憧れを抱いていたのだが、野球を失えば、万作は大男に大食漢も加わり、どこか諦めと世間をすねているような投げやりな態度で、残念ながら茫洋と生きているだけの男のようにも感じた。
その後は何故か、スズメと万作の素人探偵コンビが誕生してしまう。
それからスズメは行きがかり上で、中学生時代の同級生何人かや、図書室の司書やら、担任だった女性教師にも再会することになる…。
一方の柚木は、持ちつ持たれつの関係にある本庁の老刑事・山川六助から、捜査状況の情報を得ようとしていた。
山川警部補は、「CMタレント殺人事件本部」(捜査本部の意地か?)の担当主任であった。
どうやら、捜査は行き詰っているようだった。
また、柚木は捜査本部のあるその深川西署で、TVにも出演しているフリーライターの吉永和夫と遭遇した。
吉永は「アイドル殺人事件」について、山川から情報を引き出そうとしていたらしい…。
しかしその後柚木は、畑違いの芸能スキャンダルに首を突っ込む吉永に、何か違和感を覚えるようになっていく。
吉永の専門は教育問題や家庭問題、新聞でいえば文化部が扱う分野なのだ…。
柚木は、「神崎あや」こと小筆眞弓と伊東牧歩が左肩に、五百円玉大の薔薇の刺青を入れていたことを知る。
ただし、ともに整形で綺麗に消してはいたが…。
柚木とスズメと万作の三者が接近遭遇し、警察では事件当初は単純なものと考えられていたのだが、二転三転とし、どうやら、中学時代に吉永理恵が自殺していたことに関連があるように思えてきた。
理恵は遺書に「いじめを受けていた」ことと、その相手の名前「北沢さんたち…」を明記していたのだ…。
北沢さんとは北沢光子のことであるが、後の(たち)については当初不明だった、しかしそれもやがて判ってきた。
更に、理恵の義理の父親は、なんと吉永和夫だったのだった…。
加えてもう一人、肩に薔薇の刺青を入れた、中学の女子同級生が存在していたことをも知る。
刺青の誓いとは…?。
事件は意外な方向に翻り、柚木・スズメ・万作の三人を待ち受けていたのは、悲壮で切なくて哀しい結末だったのだ…。

柚木草平シリーズでは、毎度絶世の美女がつきものだったが、今回はそこそこの美人が登場するにとどまる。それに本当の美人とは、いったいどんな女性を指すのかが、少し哲学風に物語の深層に織り込まれてもいた。
また、本書での東京等の町々の情緒豊かな細かい描写と、周辺の樹木や花々の季節感あふれる丁寧な描写が、実に印象的でもあった。
いつも樋口氏は自身の小説の中に、社会に潜む不条理をなんらかのテーマとして提起しているのだが、今回はかなり読後に、私としては放心状態に陥るほどパニック状態になって、誠に情けない経験をした…。
もう発行から20年の歳月がこの物語には流れています、文庫本で読むほうがリーズナブルですよ♪
図書館で借りる手もありますね(^^♪
でも、樋口氏のことを考えると、どうか単行本にしろ、文庫本にしろ、私としては購読して頂きたい思いで一杯であります…。
古本はいかがなものか…?
最後までこの記事を読んで頂いた方へ、放心のあまり長文になってしまったことを、深くお詫び申し上げます。


有栖川有栖著【濱地健三郎の幽(かくれ)たる事件簿】

2020-09-19 22:58:11 | 本と雑誌


探偵の目が見通すのは、人の嘘と、死者のみ知る真実。
著者が生み出した、江神二郎、火村英生に続く、異才の探偵・濱地健三郎(はまぢ けんざぶろう)!

年齢不詳の探偵・濱地健三郎には、鋭い推理力だけでなく、幽霊を視る能力がある。
新宿にある彼の事務所には、奇妙な現象に悩む依頼人のみならず、警視庁捜査一課の強面刑事、赤波江聡一(あかばえ そういち)も密かに足を運ぶほどだ。
助手の志摩ユリエは、特技を活かして、探偵が視たモノの特徴を絵に描きとめていく、加えて探偵と一緒に行動するので、いつしか彼女にもまだ未熟であるものの、幽霊を視たり感じたりする能力に目覚めてしまっていたのだ…。
本格ミステリの名手が、満を持して生み出した名探偵。待望のシリーズ、第2弾!
驚きと謀(たくら)みに満ちた7編を収録。

『ホームに佇む』
新幹線の車窓からいつも見えるホームに佇む少年…。

『姉は何処(いずこ)』
郊外で猫と2人暮らしをしていた姉の失踪の謎と、弟が見た奇妙な光景が意外な形でつながる…。

『饒舌な依頼人』
志摩ユリエが道を歩いていて、ぶつかりそうになった奇妙な男が、どうやら彼女の後をついてきたようだ。
その男は事務所にまでやってきて、依頼人ではあったが、何やら様子がおかしいのだ…。

『浴槽の花婿』
資産家が風呂で溺死した事件の犯人は、若き妻か、懐具合が悪い弟か?
人間の哀しい性(さが)が炙り出される…。

『お家がだんだん遠くなる』
毎夜毎夜、幽体離脱をする女性からの依頼が、「何かに引き寄せられるように、どんどん家から離れて、遠くまで行ってしまう」のだそうだ…。

『ミステリー研究会の幽霊』
私立李秀院(りしゅういん)高校ミステリー研究会の部室で頻発する奇妙な現象…。

『それは叫ぶ』
良き父親を断続的に襲う不可思議な発作…。これは怪異かトリックか?
だがしかし待ち受けていた、探偵が戦う相手は、恐ろしく手強い、最強の化け物だった…。


西澤保彦著【異邦人・fusion】

2020-09-06 00:15:08 | 本と雑誌


四十路をむかえた永広影二(えひろ じょうじ)はふとしたことから、何故か23年前の8月にタイムスリップしてしまう。
西暦2000年の大晦日のことだった。
帰省するため、羽田空港から竹廻(たけとば)空港に向かい着陸時に何かが変わった、それ以前にも羽田空港で前兆があった…。
所持金はその当時に流通していた小銭だけで、連絡バスは外処(とどころ)市行きしかなく、実家とは逆方向で、タクシーでは料金が払えない、さて行く当てもなく、止む無く空港から徒歩で、後宮(うしろく)町の実家に向かったが、そこには17歳の影二と23年前に死んだはずの父・永広啓介(けいすけ・本当は叔父、養子縁組をしたのだ)がいた。
二人に、けんもほろろに扱われてしまい、這う這うの体で逃げ出したが、振出に戻ってしまう、また行く当てもない…。
影二は、あ、と思わず低く呻いた。迂闊にも、すっかり失念していた。
真っ先に思い当たらなければいけなかったのに。
ここは西暦1977年の世界。昭和52年といえば、あの年。
父の永広啓介が、何者かに殺害された年だ。
しかも事件が起こったのは8月。今月のことではないか。
いまから四日後に、さっき会ってきたばかりの、父の遺体が浜で発見されることになるのだ。

やがて気を取り直した影二は、当時義姉の美保(みほ)が、失踪して影二だけには知らされていた居場所の、真籠荘(まごめそう)というアパートを目指すことにした。
美保は同性愛者だった。それでそのことを受け入れぬ父親とは、まったく縁を切るつもりでいたのだ。
何とかアパートに辿り着くと、何故か階段の途中に佇み、こちらを凝視している女性というよりも少女がいた。
義姉美保の恋人の月鎮季里子(つきしじ きりこ)だった。
まだ14歳の少女とは、到底思えぬ落ち着きと、妖艶ささえ醸し出している。
肩まで伸ばした髪、ジーンズ姿で、男の子のような華奢な体躯なのに…。
そして彼女は影二に近づき、腕時計を見せるように要求する。
腕時計を確認した途端、慈母のような微笑みを浮かべ「はじめまして、月鎮季里子です、永広影二さんですね?」といったのだった、まるで40歳の影二が未来から訪れるのを予期していたように…。
腕時計は義姉美保が買ってくれた品だった…。
美保が大学生の頃、季里子の家庭教師をしていたのだ、二人とも読書好きなのが共通していた。
美保は大学卒業後、寮から大学の先輩の紹介で真籠荘に、実家には何も連絡を入れずに、密かに引っ越したのだった。

美保は仕事に出かけていて留守だったが、季里子が部屋に入れてくれ、ここで帰りを待つようにといわれたのだ。
そして、風呂に入るようにうながされ、その間に食事の用意もしてくれた。
影二は、少女とは思えぬ程の大人びて聡明な季里子と色々と話しているうちに、父親の殺害を食い止めれば、23年後の美保と季里子の運命が変わることになるのに気付くのだが、ことはそう簡単にいかない、パラドックスが生じるので実にややこしのであった。
しかし40歳の永広影二が、23年の時を遡りタイムスリップした時点で、既にパラドックスは生じていることになる。
つまり同じ時間に、17歳の影二と40歳の影二が存在するのである。
さて様々なジレンマをどうやって切り抜けるが焦点となり、二人の話は堂々巡りになる…。

父親啓介が急死したため、美保は季里子との関係を断ち切り、実家に戻って葬儀の喪主をつとめた後に、かねてより父親が希望していた通り、津門佳人(つど よしひと)と結婚したのだった。
一方の月鎮季里子は、24歳で作家デビューし、「アニスの実の酒」なる小説を出版していた。
その内容は正に、季里子と美保の関係の実体験のような、リアルな私小説的要素があった。
実は、影二は2000年の大晦日に羽田空港から実家に電話した折に美保から、その本を買ってくるように要望され、空港内の書店でその文庫本を見付けて購入し、既に読んでいたのだった…。

父の死から23年、彼を殺した犯人は未だに捕まっていない、既に時効が成立していた。

父が殺される。
タイムスリップした40歳の影二に、父を助けることはできるのか?
そして、いったい犯人は誰だったのだろう?

いやぁー登場する地名も人名もひどく特殊で、覚えるのに一苦労だったし、加えて過去にタイムスリップした状況の物語なので、そのパラドックスに油断していると頭がこんがらがってしまう…。
しかしながら、上質のエンタテイメントであることは、本当に間違いありません♪