小説家の織部妙(おりべ たえ)は順調にキャリアを積む一方、どこか退屈さも感じていた。
実は妙はレズビアンで、精神的なマゾヒズムが潜んでいることを自覚している。
そんなある日、“美人作家〟として話題の新人、橋本さなぎの処女作「やさしい いきもの」に衝撃を受ける。
しかし、文学賞のパーティで対面した“さなぎ〟の完璧すぎる受け答えに、なぜか幻滅してしまう。
彼女が作中で生み出した、主人公のエキセントリックさと比較し、あまりにも優等生でまったく面白味に欠ける…。
むしろ妙の興味を惹いたのは、“さなぎ〟の秘書である初芝祐(はつしば ゆう)という女性だった。(妙の好みのタイプであったのだ)
祐に対する妙の第一印象は以下の通り…。
「その人を見かけたのは、そのときだった。柱の陰に隠れるようにして、彼女はカレーを食べていた。まわりには誰もいない。ひどく目立つ女性だった。”さなぎ〟とは、また別の意味で。背が男性と同じくらい高く、その上肉付きがいい。太りすぎというほどではないかもしれないが、ともかく大きいので威圧感がある。一般的な感覚では、美人というわけではない。腫れぼったい一重まぶたと、口紅さえつけてないぼってりとした唇。真っ黒な髪を短く切り、毛玉のついたセーターと野暮ったいパンツを穿いている。年齢は若そうだ。たぶん、まだ二十代前半。肌が抜けるように白く、柔らかそうだった。曲げた手首には赤ちゃんの手首にできるような皺が寄っていた。その皺を見たとき、目がくらむような気がした。その柔らかそうな手に触れたい。セーターの下にある豊かな胸や、二の腕を揉みしだいてみたい。その大きな身体の重さを感じたい。息が詰まるほど圧迫されたい。柔らかな肉を甘噛みしてみたい。一目惚れをしたことはこれまでもある。だが、こんなふうに、雪崩のような欲望に呑み込まれそうになったことなどない。恋、と呼ぶには、あまりにも邪(よこしま)すぎる感情だった。これは、間違いなく欲望だ!」
祐への気持ちを持て余す妙は、やがて「橋本さなぎ」の存在に違和感を抱くようになる。
初芝祐は橋本さなぎのゴーストライター⁉
速水咲子(はやみ さきこ)とは、いったい誰?
その小さな疑惑は開けてはならない、女同士の満たされぬ欲望の渦への入り口だった!
才能、容姿、愛情…。
持たざる何かを追い求め、わたしは「わたし」を見失う—-。
二人の小説家と一人の秘書、三人の女が織りなす、男子禁制のひりつく心理サスペンス。
この嘘は誰かを不幸にしていますか?