長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

樋口有介著【ピース】

2017-09-28 20:45:14 | 本と雑誌

埼玉県秩父地方を舞台に、定年間近のベテラン刑事が奇怪な連続バラバラ殺人死体遺棄事件の謎を追う長編ミステリー。
この作家にしては珍しく、ギッシリと文字が入り、山深い自然の細かい描写等を随所に入れたりして、本格的な長編ミステリーになっている。
元々人物描写に長けた著者、多彩な登場人物。
あの茫洋たる人物の、探偵であり、フリーライターの柚木草平は登場しないが、その代わり埼玉県警のベテラン刑事で、定年間近の坂森四郎巡査部長が個性的なキャラとして登場する。
往年の性格俳優、高品格を彷彿させる。(こんなこというと年がばれる?)
元々皆野出身で地元の空気に接し、復活した「だんべえ」言葉を連発しながら、泥臭くも着実な捜査活動を展開する。
秩父中央署の楠木、大林の両刑事とともに「ジャングル・トリオ」を結成し捜査にあたる。
事件は陰惨な猟奇的なものなのに、この坂森刑事らの会話はどこかのんびりしており、緊迫感をあまり感じさせない。
そうはいっても、捜査が遅々として進まないことに対し、焦燥感がひしひしと伝わってくる。
時には、三人して熊や鹿や禁制のカモシカの肉の鍋を囲んだりしている。
スナック「ラザロ」でピアニストをしていた、清水成子がアパートから姿を消し、数日後に長瀞の雑木林でバラバラ死体となって発見される。
その一カ月前には寄居の山中で歯科医のバラバラ死体が発見されており、事件はにわかに連続殺人の様相を呈する。
捜査の結果、成子は「ラザロ」のマスター八田をはじめ常連客の何人かと関係を持っていたことが判明するが、寄居の歯科医との接点は見つからず、捜査はたちまち暗礁に乗り上げる。
その上、彼らとはまったく無縁な地元の独身青年が両神の山道で殺され、謎はさらに深まっていく。
坂森刑事は単なる老刑事ではなく、なかなかの食わせ者である。
被害者たちの右手に、ある特徴を発見する。
犯人が分かり、事件が解決に一旦収まるのだが、しかしこの事件の真相は、この坂森刑事には見えていた…。
題名の「ピース」からは、なにか平和的な印象を受けるが、実はそこには忌まわしい意味が込められていた。
個性的な登場人物に彩られ、読み応えがする、上質なミステリーとして仕上がっている。
ことに、セリフが殆どないに等しい、「ラザロ」の常連客で、アル中の女子大生樺山咲は、その存在感をいかんなく発揮していると思う。

東野圭吾著【怪しい人びと】

2017-09-21 17:39:04 | 本と雑誌

1994年2月28日初版一刷発行

「寝ていた女」
俺は同僚の片岡に部屋を貸してあげた。
ホワイト・デーに恋人とのデートに、ホテル代を浮かせたいという。
その相手は部下の広江だということも知っている。
片岡はその後何度か俺の部屋を借りていたが、別に二人とも同じようなことになってしまった。
まるで「アパートの鍵貸します」だ。
三か月後のある日、いつものように車のなかから、自分の部屋に戻った。見知らぬ女が寝ていた。
女は居座りを決め込んだ。俺は動転して…。
「もう一度コールしてくれ」
ノボルが俺のアパートに電話をかけてきたのは、三日前だった。
ノボルは俺が働いているパチンコ屋の斜め向かいにある、賭麻雀屋の店員をしている。
(ただし、ちょっとヤバイ橋を渡ることになるけどな)
会ってから詳しく話すとのこと。
大金を持った婆さんがいる、というのがノボルの話の出だしだった。
独り暮らしで近所付き合いも少ない。
おまけにその大金を銀行に預けず、いつも家の中にしまいこんでいるという…。
「死んだら働けない」
この四月に大学を出て入社したのは、自動車部品にかけては日本でも三本の指に入るというメーカーだ。
一カ月の教育期間の後、俺たち大卒新人社員約三百名は各部署に配属された。
俺は本社の生産設備開発部というところに連れていかれた。
ここは要するに、工場の生産設備を作る部署である。
そのなかの第二システム課というところが、俺の配属先だ。
課長の下に係長が二人、平社員が俺を含めてちょうど十人という、こぢんまりとした部署だった。
俺の面倒を見てくれることになったのは、林田さんという係長だった。
一カ月経ったころ、人事部から不吉な通知が届いた。
大卒新入社員を現場実習に行かせる、という内容だった。
本来の業務のためにも新人はぜひ現場を肌で知っておく必要がある。
そのためには一般従業員に混じって働くのが一番、というような能書きがそこに書かれていた…。
「甘いはずなのに」
私と尚美の新婚旅行の行き先はハワイだった。
二人ともハワイは初めてではなかった。
私は四度めで、尚美は二度めだ。
にもかかわらず新婚旅行の行き先に迷わずここを選んだのは、あまり派手にしないでおこうという方向で意見が一致したからだ。
派手にできない理由はいくつかあった。
一つはこちらが再婚だということだった。
私は現在三十四歳だが、二十六のときに一度結婚している。
そのときの妻は、三年前に交通事故死したのだ。
そしてもう一つの理由は、私とその最初の妻との間にできた娘も最近死んだばかりで、まだ心の底から幸福に浸れる気分ではないということだった…。
「灯台にて」
部屋の模様替えをしていたら古いアルバムが出てきた。
いや、出てきたというのは適切じゃない。
このアルバムの存在は、いつも私の頭の中にある。
どこに隠してあるのかを忘れたことなど一度もない。
書斎机にそれを載せ、慎重に頁をめくった。
問題の頁が出てくると私は手を止めた。
そこには写真と新聞の切抜き記事が貼ってある。
写真に写っているのは、白い灯台だ。
あれからもう十三年になる。
この四月で私は三十一になったし、佑介は三十二になったはずだ。
しかしあのことを誰かに話すわけにはいかなかった。
たとえ今も明瞭に思い出せる出来事ではあっても、だ…。
「結婚報告」
ある日突然智美のもとに、典子から結婚報告の手紙が届いた。
相手は山下昌章という新潟出身の一つ上の男性だった。
同封されてる二人の写真を見て、智美は男性のほうは、いわゆるハンサムではないが、長身だし、目を細めて笑った顔は人なつっこい印象を与える。
女性のほうを見て智美は愕然となる、典子とは別人の女性が写っていた…。
「コスタリカの雨は冷たい」
会社の命令で、僕がカナダのトロントに赴任することになったのは今から五年前だ。
海外赴任をずっと希望していただけに、僕も妻のユキコも飛び上がって喜んだ。
トロントではノースヨーク地区に家を借りた。
海外勤務を望んでいた理由としては、狭い日本に閉じ籠ったままで一生を終えたくないという思いが第一だが、もう一つ、外国の鳥を見たいと前から考えていたことがある。
日本国内の野鳥に関しては、ほとんど見つくしたと自負しているのだ。
ヤンバルクイナだって、この目でしっかりと見ている。
それでこれからほとんど海外の野鳥を見てやろうと、思いを新たにした矢先のことだった。
特にカナダというのが僕を舞い上がらせた。
自然の宝庫、頁数の尽きない自然百科事典みたいな国だからだ。
やがて五年が過ぎ、つい先日本社から、帰国の準備をせよという旨のファックスが届いた。
僕たちはがっかりしながら、最後にどこかに旅行しようと話し合った。
コスタリカに行こうといいだしたのは僕だ。自然の王国といわれるこの小国に、前から行ってみたかったのだ…。


浅田次郎著【五郎治殿御始末】

2017-09-15 12:52:18 | 本と雑誌

「椿寺まで」
江戸屋小兵衛が八王子までの反物買い付けの旅のお供に、番頭でも手代でもなく何故か丁稚の新太を選んだ。
小兵衛にはある目的があった…。
「箱館証文」
大河内厚は大蔵省出仕から工部少輔に転じていた。
三十路半ばの壮年であるが、どうも体が時代を拒否していた。
そんな大河内の住む官舎に来訪者があった。
名刺には「警察局東京警視本署警部渡辺一郎」とある。
とにかく応接間に通したが、なんと渡辺は掛け取りだった…。
「西を向く侍」
成瀬勘十郎は世が世であれば、前途洋々の異能の俊才であったが、世が世でなくなってしまったので仕方がない。
暦法の専門家として幕府の天文方に出役していた成瀬勘十郎は、いずれその職能をもって新政府に出仕することになっていた。
つまり現在の立場は失職ではなく、待命であったのだが…。
「遠い砲音」
土江彦蔵は陸軍中尉、算え齢四十はいささか薹がたっている。
西洋時計になじめないでいる、それでいつも遅刻ばかりしているのだ…。
「柘榴坂の仇討」
志村金吾はかつて井伊掃部頭直弼の御駕籠回りの近習を努めていた。
あの安政七年三月三日の朝は、綿雪が舞っていた。
詮議の声が甦る。
(もはや切腹など許されぬぞ。父が腹を切り、母者までもが咽を突いたるは汝が身替りじゃ。御禄召上げのうえ放逐の議は、父母の哀情に免じて、御禄預りとする。罪を雪ぎたくば、騒動に関りたる水戸者の首級のひとつも挙げて、掃部頭様の御墓前にお供えせよ。汝の腕前をもってすれば、さほど難しいことではあるまい)
明治も六年、算えればあの雪の日から、十三年の歳月が過ぎようとしている…。
「五郎治殿御始末」
勢州桑名藩の岩井五郎治は、新政府の命で、旧藩士の整理という辛い役目についていた。
だが、それも廃藩置県により御役御免。
すでに戊辰の戦で倅を亡くしいる老武士は、家財を売り払い、幼い孫を連れて桑名を離れたが…。
江戸から明治へ、侍たちは如何にして己の始末をつけ、時代の垣根を乗り越えたか。
激動の世を生きる、名も無き武士の姿を描く六篇。
「柘榴坂の仇討」は中井貴一と阿部寛共演で映画化されている。

柴田よしき著【あおぞら町、春子さんの冒険と推理】

2017-09-11 19:55:02 | 本と雑誌

青空市に住む、春子さん。
春子さんは元看護師の新婚主婦。夫はプロ野球選手だが、ほとんど二軍の試合しか出ていない無名の選手、拓郎くん。
「春子さんと、捨てられた白い花の冒険」
ゴミ集積所に花を捨てようとしている男を見つけた春子さん。
まだ咲いてるのもあるし、そもそも土に植えられたまま捨てたらいけないし、それに…。
ちょっとしたことから男に声をかけた春子さんだが、その時点ではもちろん、秘められた真実に気づくことはなかった…。
「陽平くんと、無表情なファンの冒険」
二軍の試合に、毎試合三塁側の最前列の同じ席にすわる女性がいた。
それはいいんだが、まったく試合に無関心で無表情なのが不気味である。
そこに秘められた真実とは…。
「有季さんと、消える魔球の冒険」
春子さんのインスタグラムに、突然ダイレクトメールが届いた。
それは、拓郎くんと同じホワイトシャークスにも所属し、引退直前には大阪レンジャースいた本橋滋さんの妻、有季さんからだった。
一度会って話したいことがあるそうだ…。
会って聞かされた話はとてもショッキングなことだった。
本橋滋さんには隠し子があった、それも知的障害を持っているという…。
有季さんに乞われて、一緒にその娘に会いに行った春子さん。
その娘は、ひかりちゃんという。
ひかりちゃんは、初めてあった春子さんをじっと見つめて、いきなりしがみついてきた。
ピンクの衣装が、母親のよく着ていた色だったので、母親と錯覚したのだと…。
その時ひかりちゃんは、「まきゅう」とつぶやいたのが、春子さんの耳に残った…。
気になったやめられない。
知ってしまったらほっとけない。
そんな春子さんの冒険は尽きない…。
一見、北村薫の作品にも似ているようだが、そこはこの著者、訳の分からない文学論などなく、非常にスパイスが効いている!


東野圭吾著【美しき凶器】

2017-09-07 04:19:26 | 本と雑誌

安生拓馬、丹羽潤也、日浦有介、佐倉翔子。
かつて世界的に活躍したスポーツ選手だった彼等には、葬り去れねばならない過去があった。
唯一それを知るのは仙堂之(これ)則だった。
四人は山中湖の別荘地にある、仙堂の屋敷に密かに忍び込み、自分たちに関する資料を始末しようとした。
しかし、四人が忍び込んだことを察知した仙堂は、錠をつきつけ、翔子に他の三人の手足をガムテープで縛りあげさせた。
翔子はすきを見て、仙堂の銃を奪おうとして、もみ合いになり、結局仙堂を撃ち殺してしまった。
四人は相談の上、強盗に見せかけて、資料ごと屋敷を焼いて、逃走したのだった。
これで、すべてはうまく運ぶはずだったのだが…、四人の行動を監視カメラで見つめる者がいた。
仙堂がタランチュラと呼んだ、恐ろしく大柄で筋肉が卓越して発達した、まだうら若き娘であった。
マッドドクター仙堂之則の、最高傑作であるサイボーグで、恐るべき怪物だった。
著者はただ娘とだけで表現し、名前も国籍も明らかにしていないのが、非常に不気味であった。
屋敷は全焼したが、裏にあるコンクリート塀に囲まれた倉庫のような建物だけ残った。
山梨県警は死体から二発の弾丸が摘出されたこと等から、殺人事件と断定し捜査が行われることになった。
仙堂の焼け焦げた死体から、鍵が一つ見つかった。
紫藤巡査部長が、あの倉庫のような建物のものではと推理して、自ら調べに出ようとした所、たまたま用事で県警に来ていた、現場付近の派出所の若い巡査を見かけ、彼に託すことにした。
吉村幸雄という巡査は、勇んで鍵を開けに向かった。
鍵はぴったり符号した。
そして中に入った途端、天井から大きな蜘蛛がふってきた。
だがそれは人間だった。
吉村は扼殺され、銃を奪われた。
タランチュラが解き放たれた、しかも銃を持って…。
一方、自分の身代わりに殺された吉村巡査の仇を討とうと、紫藤は執念を燃やす。
タランチュラは、手段を択ばない、目的を達するためには、どんなこともする!
タランチュラは、仙堂を殺した四人に忍び寄り、次々と襲い掛かる…。
広域捜査となり、警視庁他所轄の警察も、包囲網を簡単に突破され、ことごとく後手を踏む。
迫りくる恐怖、衝撃の真相!
結末は哀しく切ない…。
これは文句なく面白い!!