長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

浅田次郎著【帰郷】

2017-08-31 17:14:28 | 本と雑誌

本の表紙の写真、復員した兵が敬礼している姿、実はその裏側にそれを迎える妻や子供と思しき頭を下げた姿が写っている。
二度と戻れぬ遠きふるさと。
戦争で引き裂かれた、男たちの運命とは。
ある者は命からがら復員したが、南方の激戦地で戦死したことになっていた。
ある者は南方の激戦地で孤立した部隊で、敵の攻撃により、人知れずその生涯を終えた。
死んでいった者の魂は、いったいいずこにいったのだろう?
そして国内に残された妻や子は、いったいどうして生きていくのか?
激戦地で生き残りジャングルをさまよった者は、なんと1番恐ろしいのは味方である生き残りの兵であった。
何故ならば飢餓に、人肉を喰らう者どもだった。
もう自分は寿命がつきたとあきらめた者は、自分を喰らって、一緒に本土へ帰ってくれと懇願する。
そうやって人肉を喰らい生き残った者は、どうやってこれから生きていくのか?
戦争のために青春を引き裂かれた者の哀しみは、だれが晴らすというのか?
戦争の悲惨さ残酷さを、今や語る人間が少なくなった。
先日、長崎へ原爆が投下された日、郵便配達をしていて、背中に大やけど負った谷口氏が亡くなった。
この小説は「歸郷」「鉄の沈黙」「夜の遊園地」「不寝番」「金鶏のもとに」「無言歌」、以上短編六編になる、その意味や重要性を問いかける作品である。
名もなき人々の矜持ある生を描く物語。

島田荘司著【御手洗潔と進々堂珈琲】

2017-08-26 00:19:56 | 本と雑誌

「京都の喫茶店『進々堂』で若き御手洗潔が語る物語」
進々堂、京都大学の裏に佇む老舗珈琲店に、世界一周の旅を終えた若き御手洗潔は、日々顔を出していた。
彼の噺を聞くため、予備校生のサトルは足繁く店に通う…。
西域と京都を結ぶ幻の桜。(追憶のカジュカル)
戦禍の空に消えた殺意。(戻り橋と彼岸花)
チンザノ・コークハイに秘められた記憶。(進々堂ブレンド1974)
軽度の脳性麻痺で学習障害があるギャリーは、その障害を乗り越え、重量挙げのチャンピオンを目指すが、彼の前に様々な壁が立ち塞がる。(ジェーフィールドの奇跡)
名探偵となる前夜、京大生時代の御手洗が語る悲哀と郷愁に満ちた四篇の物語。
『進々堂世界一周 追憶のカジュガル』改題。
この『追憶の…』を既に読んでいたが、文庫化されるにあたり改題されていたので、よく確認せず手に取ってしまった。
だから同じ小説を二度読むはめになってしまった。


島田荘司著【写楽(閉じられた国の幻)上・下】

2017-08-18 22:56:41 | 本と雑誌

主人公佐藤貞三は、東大に入ったが、一般の企業に就職することを嫌い、大学院に行こうと考えたが、成績は東大では無理だった。それで、N大学芸術学部で修士課程を修了し、江戸美術を講じる教員の職を見つけた。
講師になった年、いきなり縁談があった。
どうしたことか、学長がらみの大袈裟な話で、世間的な基準からすれば、すこぶるつきによい話だった。
総合商社M物産の重役の一人娘で、川崎市で生まれ育ち、準ミス川崎に選ばれた経歴を持つ、小坂千恵子という女だった。
なんのことはない、完璧な条件を誇る娘の親が、妥協を許さず、結局えり好みしているうちに、行き遅れただけだ。
東大出ということで佐藤に白羽の矢が向いた、最低の条件として教授になることだった。
しかし大学の政変に巻き込まれ、気づけば大学を出ることになってしまっていた。
長野県塩尻市の日本浮世絵美術館の学芸員の欠員ができ、佐藤を引っ張ってくれた。
妻も義父も猛反対だった。
しかし浮世絵美術館時代、よく旅行をし北斎の研究調査し論文にまとめた。
それをがたまった時、出版の話になった。
全部義父の援助があってのことだった。
しかしそれがやっかまれて、結局美術館を締め出された。
それで塾の講師をやることになった。
そして、佐藤は自分のミスで、子供を死なせてしまった.
六本木の回転ドアに頭を挟まれたのだった。
千恵子の不妊治療の末、やっと生まれた、一粒種だった。
激怒した千恵子に家から追いやられ、やむなく千恵子所有の1DKのマンションに身を置いた。
塒があるだけで、ホームレス同然となった。
義父の秘書の三宅からの連絡で、六本木の回転ドア事故を、責任当事者でない関連技術者や学識経験者が集まって、第三者機関としてチームを組み、原因究明をしているのだが、そこがこれまで摑んだ事実を、父親の佐藤に説明したいと言ってきているようだった。
そこで東大工学部教授の片桐と出会った。
なんとそれは女性で、しかも外国人かハーフのようであった。
しかし、佐藤にとって、事故原因などもうどうでもよかった、息子はかえってこないのだ。
佐藤を支えているのは、大阪中央図書館の地下で見つけた、江戸期のものと思しき肉筆画であった。
それはみょうな絵で、画の字が一に田になっている文字があり、妙なアルファベットが書いてあった。
初期の歌麿のものか?いやこれは決して美人画ではなく、醜女の絵であった。
すると、写楽か…?
この絵をお守りのように持ち歩いていた。
もうこれ以上落ちることはないと思っていたら、以前著書を出した出版社の編集者常世田からの連絡で、週間Tで「佐藤貞三の北斎論文は間違いだらけだと、浮世絵同人研究会が、大々的に論陣を張っている、まるでペテン師だと言わんばかりに…」掲載されているとのことだった。
同人研究会会長の友田という人物は、悪名高いMK物産の会長で、六本木の回転ドア事件のミツワ・シャッターの会長の親戚筋という話だ。
これで佐藤は世間に、悪名をさらすことになった。
塾の生徒も、取材陣に驚き、次から次と辞めていき閉鎖となった。。
どん底の男が挽回をするには対抗する本を出版するしかない、しかも時間がない。
佐藤は写楽の謎に挑むことにした。
たった10カ月だけ江戸に出現し、彼が何者だったか、誰も知らない。
ただ浮世絵だけが残っているだけである。
写楽の版元耕書堂の蔦屋重三郎は、この謎の新人絵師を歌麿なみの待遇で扱っている。
重三郎は写楽の人物像にいっさい触れていない。
それだけではない、耕書堂にしょっちゅ出入りしている、絵師たち歌麿、北斎、また食客だった十返舎一九、そのほか彫師、摺師、戯作者、狂歌人これらの誰ひとり写楽の正体について話していない。
何人も自分が写楽だと名乗ってもいない。
忽然と現れ、忽然と消えた。
この謎に挑戦することで、起死回生の反撃になる。
最初写楽は、例の肉筆画から、平賀源内ではないかと考えたが、これはあり得ないとわかり、袋小路に入ってしまう。
しかし佐藤は、とんでもない事を考えつくのだった…。
それは「写楽探し」の常識を根底から覆すものだった…。
著者は歴史を独特の視点から独自の世界観で描くのだが、今回の発想にはさすがに度肝を抜かれた。
著者の作品で江戸時代ものをあつかったのには、「暗闇団子」という中編の秀作があったが、それよりずっと出来がよいと思われる。






和田竜著【忍びの国】

2017-08-04 23:47:57 | 本と雑誌

群れず、欲のみに生きる、虎狼の族、伊賀忍び。
伊賀の下人は人の心を持たぬ!
伊賀一の忍び、無門(むもん)は西国からさらってきた侍大将の娘、お国の尻に敷かれ、忍び働きを怠けていた。
主・百地三太夫から示された百文の小銭欲しさに二年ぶりに敵の伊賀者を殺める。
そこには「天正伊賀の乱」に導く謀略が張り巡らせていた。
「十二家評定衆」の内の、下山甲斐と百地三太夫の企みであった。
伊勢の織田信雄の軍は決して一枚岩ではなかった。
信長に「伊賀には手出ししてはならぬ」と厳命されていた信雄だったが…。
織田に落ちると見せかけ、反逆して伊賀の国を伊勢の織田信雄に攻めさせようという策略であった。
織田軍を負かせば、伊賀の名が諸国に轟き、下人たちの値が上がるという算段だった。
伊賀の六十六人の地侍たちは互いに仲が悪かった。
しかし「伊賀惣国一機」なる一種の同盟が結ばれていた。
「他国の者が当国(伊賀国)に入った際は、惣国一味同心してこれを防ぐこと」と掲げられていた。
この六十六人の地侍から選出されたのが、「十二家評定衆」である。
百地三太夫と下山甲斐も評定衆の一員となっていた。
地侍以外の下人は、人ではなく、ただの道具として扱われていた。
しかし三太夫も甲斐も誤算があった、その道具の下人たちは、織田軍が攻めてくると知るや、半数は伊賀を去ろうと決めた。
それに加えて伊勢の日置大膳(へきだいぜん)が、三太夫らの企みに気付き、一丸となって信雄軍は結束していた。
無門もお国を連れて逃げ出すことにしていたが…。
伊賀の忍びは途方もない奴ら。しかし、ある意味哀れな奴らでもある。
あの「のぼうの城」の作者が放つ、第一級の歴史エンターテイメント!
嵐の大野智君主演でこれも映画化された。