川越芋太郎の世界(Bar”夢”)

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キール&ロワイヤルキール(前編)

2009-06-04 14:22:45 | 短編集バー物語
キール&ロワイヤルキール(前編)



そこは、とあるターミナル駅の超高層ビル群の中に、オアシスのようにしっとりとたたずむ。
「セント・ジョージバー」は、落ち着いたホテルの1階にある。

正面の入り口から入ると、大空間が面前に広がる。英国調の落ち着いた店内を左に
横切るともう一つの世界が現れる。
左手は、オーク調のカウンター席、奥手には、生バンドの楽器類が設えてある。
贅沢なぐらい、椅子の間隔が取られ、周囲への配慮が行き届いている。



雨の中、大きな傘がひとつ、ホテルのロビーに近づく。
男と女は、迷うことなく、1階バーへ吸い込まれてゆく。


名前を告げたのは女であった。
予約は女が入れたものである。
二人は、入り口で傘を預け、左へと薄暗い店内を歩む。

黒いタキシード姿の店員は、男に向かい、「バンド脇のお席」を用意して
おりますが、いかがいたしましょうか。」


男は、「申し訳ないが、カウンター席にしてください。」と迷うことなく選んだ。
そう、この男は、カウンター席に座る“いつもの人物”である。


女は席に着くと、「くすっと、かすかに笑った。」
ほとんど、笑みに近かった。


「やはり、カウンターね。」
「ジャズが好きで、生バンド演奏だから、あの豪華なハイバックの席かと
考えたわ。」

そう、生バンドの前には、赤やエンジの豪華なハイバックのシートが広い店内に
その存在感を主張していた。


映画に出るようなすばらしい椅子でしょ。

まさに、映画のワンショットにふさわしい豪華なつくりであり、ゆとりのある
空間である。


男は、笑うように、はにかみながら、「シガーが苦手でね。」


「いずれ混んでくれば、あの周辺は香ばしいシガーで満たされるからね。」
バーが好きなくせに、シガーが苦手とは・・・。

「それに、ここの方が、君との会話を楽しめる。」
「こんなにカウンタースツールの間隔が広いところはない。」
革張りの女のスツールをなでながら・・・・



男はマティーニを、女はキールを注文する。

「今日は、ここで音楽を堪能しましょう。多少の食事も邪道ですが、
頼みました。」

女は、「本日のホストよろしく、バーテンダーに合図をする。」



男は、「今日の君、珍しいね。」「首飾りをしている。」

女は、答えて曰く「今日は特別よ。あなたの誕生日ですからね。」
「そして、珍しくも、スカートでしょう。」


黒いドレッシーな装いである。同時に、首筋には豪華な黄金色の首飾り。」
何かを秘めた女性の見せる妖艶な美しさであった。
白いキールが服に対比してダイヤモンドのように美しく輝く。


女が飲むキールはワインベースのカクテルとして、人気を誇る。
フランスはブルゴーニュ地方特産の“アリゴテ”という辛口の白ワインと
クレームドカシスをミックスしたのが始まり。
キール氏は、確か、ディジョン市の当時の市長であった。


キールの白ワインを赤に変えれば、カーディナル。
食前酒(アペリティフ)として人気の高いカクテルである。


二人は、いつの間にか、大振りのグラスとフルート型のグラスを軽く
持ち上げる。


男は、女の目を見ながら、「今日のマティーニは格別だ。」
「ここの大振りのマティーニは濃厚でいて、気品すらある。」
「良いところを選びましたね。」


女は、「楽しかったわ。音楽と美味しいお酒と落ち着いた雰囲気が揃うお店」
どうやら、男のために、店を探したようだ・・・。

「それに、少しばかりの食事ができるところ」


男は、「ありがとう。」と素直に言葉と体で表現した。
                           (後編に続く)

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本作品は、すべてフィクションです。登場人物及び店名・バーテンダー
についても同様です。
悪しからず、ご了解願います。