アメリカ・フロリダ州オーランドで開催されていた電動車椅子のワールドカップ、2017 FIPFA World Cupの撮影から帰国。というか帰国から既に1週間ほどがたってしまった。
大会の結果に関していろいろと思うところがあったり、疲れていたり、デフリンピック選手団の見送りに行ったり、ブラインドサッカー日本代表合宿の見学に行ったり、電動車椅子サッカーのクラブチームYokohama Crackersの練習に行ったり、デフサッカーのウクライナ戦の勝利に喜んだりしているうちに更新が遅れてしまった。
駆け足でアメリカワールドカップを振り返っておきたい。試合に関しては得点場面を点中心に振り返っているが、出場時間などの客観的なデータなども抽出してみた。試合の描写はいささかわかりにくいかもしれない。その際はパワーサッカーショップのサイトでも観ることが出来る。URLは文末参照。
私はドキュメンタリー映画を撮るという立場でチームに帯同させてもらい、詳しくは映画の完成をお待ちいただきたい。ここではいろいろと思うところもあるがあまり主観を交えずに、ということになるかと思う。
6月30日7時45分 選手団が成田空港に集合。“普通”であればチェックインして出国という流れになるが、電動車椅子サッカーの選手団はまず飛行機に積み込むために電動車椅子を解体しなくてはならない。解体するのはご家族やヘルパー、スタッフの面々。合宿で事前にシミュレーション済みで、手慣れた方もいれば苦労している方もいる。選手はその間、空港備え付けの手動の車椅子に乗り換える。リクライニングできるタイプのものもある。選手によっては乗換用の車椅子を持参している者もいる。何とか作業を終えて飛行機へ。飛行機に乗り込む際は機内用の幅の狭い車椅子に再び乗り換えねばならない。(乗り換えなくていいタイプもある)。8名の車椅子使用者が乗り込むためにはそれなりの時間を要した。
ここまでも一苦労だが、アメリカ到着まで体調を壊さず辿りつけるかというのが次の難関。航空機内の環境は地上と大きく違い、特に機内圧の低下は呼吸不全に重大な影響を与えるからだ。そういった環境に耐えられないと判断され、そのため残念ながら遠征メンバーの選から漏れた選手もいた。選手団が最低限果たすべきミッションは「無事に行って無事に帰ってくること」でもあった。
最終メンバーは十全な準備をしてきたものの予断は許さない。メディカルスタッフもチェックに余念がない。座位が長く保てない選手は横になり、ご家族が膝枕をしたり、その間は立っていたりで全力のサポート。選手も“疲れ”はあっただろうが、何とか経由地のダラスに到着。“普通”であれば乗り継いでフロリダ州オーランドまで行ったほうが楽なのだろうが、選手のコンディションを考慮して空港そばのホテルに一泊。その分、車椅子の組み立て、解体作業の回数は増えることになる。
そして翌日7月1日に国内移動。飛行時間も短く問題ないようにも思われたが、これがかなり大変なことに。乗り込むまでもかなりの時間を有し、乗りこんで離陸までかなり待ち、着陸して飛行機を降りるまでもかなりの時間を要し、何とか滞在先オーランドのホテルへ。
そして翌日7月2日は早速イングランドとの練習試合。試合に負けはしたものの、大会に向けていい刺激となったようだ。
試合会場へは電動車椅子に乗った8名の選手たち、その他スタッフが1台のバスに乗り込み移動。スタッフは選手たちが疲れない座り方などにも気を配る。宿泊するホテルでは、連日、選手への入浴介助やコンディショニングも行われる。舞台裏も総力戦である。
翌日7月3日は、練習。諸々の確認が行われた。
4日は試合会場での初の公式練習。選手たちは床面のグリップの確認などにも余念がない。
練習終了後にはクラス分けが行われた。電動車椅子サッカーは重度のPF1と相対的には軽度のPF2と判断された選手によって行われる。同時に出場できるPF2の選手は2人までとなっている。もし仮にPF2より軽い、と判断されるとその選手は試合に出ることができない。前回フランス大会では実際そういうことが起きてしまったが今大会では無事クリア。選手、スタッフともに胸をなでおろす。同時にPF2と判定されると思われていた選手がPF1の判定を受け、ベンチの戦術的な幅が広がることにもなった。選手の立場からすると練習していないことに対応しなくてはならないとも言える。
5日は大会開幕日。だが試合は20時30分キックオフ予定のオープニングゲーム、アメリカとデンマーク戦のみである。
日本代表は、午前と午後、それぞれアイルランド、オーストラリアとの練習試合をおこなった。手の内をあまり見せずにお手合わせといったところだろうか。19時からの開会式は進行がかなり遅れてしまい、選手たちがホテルに帰りついたのはかなり遅い時間となった。
この日は撮影クルーにとってはちょっとブルーな日。大会関係者にカメラポジションを確認したこところ、想定していた場所にカメラが入れないといいう事態が発生。日本国内で試合撮影のシミュレーションを繰り返したりしてきたのだが…。ともかく許可された範囲内で撮影プランを一から練り直す必要に迫られた。練習試合は撮影クルー(特に私)の練習でもあった。ついでに言うと私が撮影クルーの中でも、最も全体像が見えにくい映像を撮影する担当。コート上で何が起きているのか把握しきれないことも多かった。帰国後、他の映像も確認後、この文章を書いている。
そして翌6日、日本のグループリーグの戦いが始まった。
グループリーグは10か国が2つのグループに分けられリーグ戦を争う。1位通過だと他のグループの4位と、2位なら3位と、3位なら2位、4位なら1位と準々決勝を戦うことになる。したがって1つでも上の順位に立つことが決勝トーナメントで有利にはたらく。日本の現実的な目標は2位以上。簡単に言えば、アメリカ以外の国に取りこぼしてはならない。また仮に5位になった場合は9位~10位決定戦にまわる。
この日いきなり日本は3試合を戦わなくてはならなかった。アメリカ、デンマークが前日に試合をおこなっているため、日本のグループはいささか変則的な日程となっていた。
4人で行う電動車椅子サッカー、アメリカワールドカップに出場したのは以下の8名の選手たちである。背番号1竹田、6内橋、7三上、8吉沢、9東、10北沢、11塩入(キャプテン)、19内海。
初戦の相手はアルゼンチン。経験値が少ないがその分、情報も少なかった。
キックオフは現地時間の9時30分。日本の先発は北沢、塩入、東、GK(ゴールキーパー)は竹田、全員がPF1と判定された選手である。
前半4分、日本は2on1(ツーオンワン)の反則を取られアルゼンチンにフリーキック(エリア左付近)を与える。顎で電動車椅子を操作するアグスティンが右のヴァレンチノへ、ヴァレンチノがファーに折返し、そこにはイサンドロがきっちりと詰めており、彼が押し込んでアルゼンチンが先制。
(2on1は、ボールに対して半径3m以内に各チーム1人かプレーに関与してはいかないというもの。平たく言えば複数の選手で1人の選手の守備にいってはいけないという感じ。エリア内のGKについては特別規定がある)
しかし日本も8分、同点に追いつく。左サイドハーフウェイライン付近からのキックイン。北沢が蹴ったボールを東がポストプレーで右サイドの塩入へ流す。塩入はペナルティエリアの外から回転キックでファーポスト付近へ豪快に蹴り込んだ。北沢の正確なキック、東のテクニックと塩入の連係(2人は鹿児島のクラブチーム、ナンチェスター・ユナイテッドの選手)が生んだゴールだった。
さらに前半18分、日本はハーフウェイライン付近でFKのチャンスを得る。キッカーは東。東のキックを受けた塩入が、エリア内右からゴールに流し込み逆転。2-1とリードする。
だが前半終了間際の20分、3パーソンの反則を取られアルゼンチンのフリーキック(エリア右付近)。アグスティンからのボールをヴァレンチノがゴールライン上の北沢と竹田の間に蹴り込み、日本は2-2の同点に追いつかれた。
(*3パーソンもしくはスリーインは、ペナルティエリア内にディフェンスの選手が3名以上入ってはいけないというもの)
後半、塩入に代わり三上が投入される。PF2の選手である。
後半3分、イエローカードをもらうなど再三注意を受けていたアルゼンチンのヴァレンチノが退き、そこからは日本のペースとなる。
6分、何度かキックインを繰り返した後の右サイドコーナー付近からのキックイン。東がアルゼンチン選手の壁の間を通しファーポスト付近で待つ三上へ。三上が難なく決めて日本は3対2と逆転、試合はそのままのスコアで終了し、日本が初戦で貴重な勝ち点3を得た。
尚、その後、吉沢、内海も出場。各選手の出場時間は、東36分、北沢36分、竹田30分、塩入23分、三上17分、吉沢14分、内海4分、内橋は出場無し。
(電動車椅子サッカーは一度退いても再び出場することができる)
得点時間や得点者は以下の通り、( )内はアシストした選手。
第1戦 日本 3-2 アルゼンチン
得点 前半8分 塩入(東) 前半18分 塩入(東) 後半6分 三上(東)
昼食をはさんで14時からはデンマークとの対戦。
先発は、竹田がGK、東、塩入、そして初出場の内橋。内橋は唯一の女子選手である。先制ゴールを決めたのはその内橋。
前半10分、左サイドからのキックイン。東の蹴ったボールを塩入がニアでスルー、ファーで待ち構えていた内橋が流し込んだ。試合を優勢に進めていた日本が先制点をもぎ取った。
15分には、東、塩入に代え、北沢、吉沢が投入され、東京のクラブチームであるレインボーを中心としたメンバー構成となる。(吉沢はフィールドプレーヤーとしての投入)
後半は、内橋、吉沢に代え、三上、内海が出場。PF2の2人(内海、三上)と、元々はPF2と判定されると思われていた竹田も同時に出場しており、フィジカル的には強力なメンバー構成となった。6分、その3人は内橋、東、塩入と交代。
後半に入り、負けられないデンマークが攻勢を強めてきた。
後半10分、日本から見て左サイドからのデンマークのキックイン。ニアの選手が上手くスルーし、カスパーの蹴ったボールはそのままファーポスト付近に吸いこまれ、日本は1-1と同点に追いつかれた。
そして終了間際、相手競技者の進行を妨げたとの反則で、デンマークに間接フリーキックのチャンスを与えてしまう。日本は何度かクリアしたものの、こぼれ球をカスパーに蹴り込まれ、20分07秒の時点で1-2と逆転を許しまった。電動車椅子サッカーは20分ハーフ、残された時間はアディショナルタイムのみである。
失点後のキックオフ、センターサークルにいた北沢が東に寄っていき耳打ちし東と入れ替わる。キックオフのキッカーは東。東は直接ゴールを狙った。一瞬の隙を見逃さなかった東のシュートが決まり、起死回生の同点ゴール。日本は土壇場で2-2の引き分けに持ち込み、辛くも勝ち点1を得た。
この試合の個々の出場時間は、竹田36分、東29分、塩入29分、内橋27分、北沢22分、三上6分、内海6分、吉沢5分。(文章内で、すべての交代には言及していません)
第2戦 デンマーク 2-2 日本
得点 前半10分 内橋(東) 後半20分 東
2試合を終わって2勝がベストだったが、1勝1分けは悪くはないスタートだった。そういった意味では引き分けに持ち込めたことは大きかった。
試合内容で言えば、むしろ初戦のアルゼンチン戦よりデンマーク戦のほうが内容的には押していた印象だった。
そして17時からは地元アメリカとの対戦。アメリカは前回、前々回大会の優勝国である。
この試合の捉え方は難しかったように思う。個人的には、次につながる戦い方の模索であったり、翌日、翌々日に備えて選手を効果的に休ませることなどが最も大切であると思っていた。
試合前の練習は、そのチームの特性が如実に見てとれることも多い。アメリカはまず前突きの対面パスから始める。立位のサッカー(いわゆる普通のサッカー)で言うと、インサイドキックで対面の選手にパスをしてそのまま走り対面側の列に並び、それを繰り返すというイメージ。サッカーの基本中の基本、パス&ゴーです。
前突きとは電動車椅子に取り付けられたフットガードの前面で、前進しながら押すように蹴るというもの。電動車椅子サッカー専用マシーン“ストライクフォース”出現以前は、フットガードの前面は曲線であり前突きはあまり見られなかった。
要するにアメリカチームは、より前突きを重視しているということだ。
アメリカ戦の日本の先発は、東、三上、北沢、吉沢はGK。三上、吉沢は今大会初先発となった。
序盤からアメリカに押し込まれる展開。2分には早くも先制点を許してしまう。
結果を先に書くと、0-9の完敗。車椅子の設定、フィジカルの強さ、戦術的熟成等、敗因はいろいろとあげられるだろうが、ここでは失点場面のみを振り返っておく。サイドの左右の表現はいずれもアメリカ側からのもの。
0-1 前半2分、左サイドからのキックイン。ジョンソンから縦にタッチライン沿いのアーチャーへ。アーチャーがダイレクトで角度のないところからニアサイドにシュート。 北沢のリア、ゴールポスト、吉沢のリアとボールが動き、結果としてオウンゴールとなった。
0-2 3分。 流れのなかからの得点。センターに位置したアーチャーがこぼれ球を右サイドのディッキーに。ディッキーが折り返し、逆サイドのジョンソンが前突きでゴール隅に押し込こんだ。
0-3 10分 流れのなかからの得点。ゴール前の混戦からディッキーがボールを掻き出し左サイドのアーチャーへ。ディッキーはいったん開いてアーチャーからのリターンを受け自分の空けたスペースへボールを落とす。そのスペースへジョンソンが走り込み、前突きでシュートしゴール。
0-4 11分 キックインからボールを受けたアーチャーがゴール前に持ち込む。アーチャーと北沢・吉沢の対決となるが、アーチャーが強引且つ巧妙に押し込む。
0-5 15分 FKをアーチャーがゴール右隅に直接蹴り込む。
0-6 18分 3(スリー)パーソンで与えたFK。アーチャーからゴール前のスペースへ。カニングハムが前突きで飛び込み、吉沢と塩入の間を抜く。
0-7 後半8分 左コーナーキックにファーのカーペンターが前突きで走り込んでゴール。
0-8 10分 左サイドからのキックイン。アーチャーから逆サイドへ。普段あまり上がることのないGKマイアーが前突きでゴール。
0-9 15分 ゴール前の混戦からアメリカの選手が左サイドに流れて中央のアーチャーへ折り返す。アーチャーはファーのシュートコースを見逃さずダイレクトでシュート。ディッキーもきっちりと詰めている。
この試合の個々の出場時間は、北沢29分、竹田28分、東27分、塩入25分、吉沢20分、三上16分、内橋15分、内海出場無し。
この日3試合の合計出場時間は、竹田94分、東92分、北沢87分、塩入77分、内橋42分、三上39分、吉沢39分、内海10分。
戦術や体調、諸々のことが考慮されての選手起用でありここでは特に言及しないが、3試合というハードスケジュールをPF2の選手を活用することにより乗り切ることが想像されており、PF2の選手の出番が少ないのは少々意外ではあった。PF2は三上、内海。PF2かと思われた竹田はPF1と判定された。
翌日グループリーグの最終戦はウルグアイとの対戦。
試合開始前の時点で、日本は勝ち点4、得失点差はマイナス8。一方のウルグアイも勝ち点は4だが、得失点差はマイナス4。日本は勝てば2位、引き分けるか負けた場合は3位という条件だった。4位には既にアルゼンチンが確定していた。
日本の先発は、竹田、塩入、東、吉沢(GK)。
序盤から前へと攻める日本は、前半5分、右サイドのキックイン、東から逆サイドの竹田へ、竹田の折り返しを塩入が決め、日本が先制点をあげた。
追加点は13分のコーナーキックから。東がウルグアイ選手との駆け引きのなかで壁の間をうまく通し、ファーサイドに詰めていた竹田が合わせて2対0とリードを広げた。
余談になるが、ウルグアイの監督は(少なくともビジュアル的には)典型的な“熱い南米の監督”というイメージ。その監督が熱い激をとばすなか、負けられないアルゼンチンも日本ゴールに迫る。
後半19分、ウルグアイのプラテーロに吉沢、塩入が間を抜かれ失点を喫したものの、2-1と逃げ切って勝ち点を積み上げ、グループリーグ2位通過を決めた。
第4戦 日本 2-1 ウルグアイ
得点 前半5分 塩入(竹田) 13分 竹田(東)
グループリーグの戦績は、2勝1敗1分 勝ち点7 得点7 失点14 得失点差 -7。
2位という結果は申し分ないと言えるだろう。
準々決勝の相手はオーストラリアに決まった。
翌日7月8日からはいよいよ決勝トーナメント、ここからが本番、こここそが本番である。日本は前々回大会で4位、前回大会で5位、それ以上の成績をあげるためには、まずは準々決勝を勝ち上がる必要がある。準々決勝オーストラリア戦は6年間の日本代表の活動のなかで最も重要な試合であった。
また40分で決着がつかない場合は5分ハーフの延長戦、そこでも決まらない場合はPK戦へと突入する。
キックオフは15時。先発は、竹田、北沢、三上、吉沢(GK)。PF2の選手を中心とした先発となった。
そして幸先のいい先制点は日本!
前半12分、左サイドからのキックイン。北沢がニアに、竹田がファーに待ち構えるなか、三上がニアポスト付近に直接蹴り込み、先制点をあげた。
18分には竹田に代わり東が入る。
その後日本は東のキックインなどから決定的な場面を作り出すものの、オーストラリアの選手にうまく車椅子を入れられたり、あるいはちょっとした連係不足などで、追加点をあげることができない。
後半に入るとオーストラリアが攻勢をしかけてくる。
そして日本は3パーソンの反則を取られオーストラリアにフリーキックのチャンスを与えてしまう。
オーストラリアは、デミトリーがゴールライン上の北沢と吉沢の間に割って入る。キャッスルがフリーキックを蹴り、足で車椅子を操作するカリムへ、カリムから下がってきたデミトリーへ。デミトリーがコースを変え、吉沢と北沢の間に流し込んだ。
後半10分、日本は1-1と同点に追いつかれた。
日本は12分、東に代わり、竹田が入る。ベンチでは塩入がフィールドプレイヤーとして試合に入る準備を進める。ところが16分過ぎに吉沢にトラブルがあり、塩入は急遽GKユニフォームを身に纏い、GKとして入ることになる。
そして直後のオーストラリアの右サイドからのキックイン。タッチライン沿いに縦にボールを出し、カリムから中央のデミトリーへ。デミトリーがゴールを決め、日本は逆転を許してしまった。日本に残された時間は2分+アディショナルタイム。
1分後に竹田に代わり東が入る。
無情にも時間は過ぎていく。
日本はその後、チャンスらしいチャンスを作り出せない。
そして試合終了のホイッスルが会場に鳴り響いた。アディショナルタイムは3分だった。
準々決勝 日本 1-2 オーストラリア
得点 前半12分 三上選手
個々の出場時間は、北沢と三上40分、吉沢37分、竹田25分、東15分、キャプテン塩入は3分、内橋と内海は出場無し。
グループリーグと準々決勝の通算出場時間は、竹田と北沢が141分、東134分、吉沢116分、塩入107分、三上91分、内橋54分、内海16分である。
FIFAワールドカップやオリンピック同様のレギュレーションであれば、オーストラリアに負けた時点で日本の戦いはすべて終わったことになる。しかし、この大会には下位トーナメントがある。しかもキックオフはオーストラリア戦試合終了から2時間もないくらいだった。かなりメンタル的にはきつい。
しかし選手たちは「5位を目指そう」と気持ちを切り替えて、下位トーナメントに臨んだ。
対戦相手は準々決勝でフランスに11対0と敗れたアルゼンチン
日本の先発は、三上、東、塩入、吉沢(GK)。
先制したのはアルゼンチン。前半終了間際、フリーキックからの得点を許してしまう。
しかし後半5分、コーナー付近からのキックインで東が壁の間を抜いてファーの三上へ、三上が落ちついて流し込み同点においつく!
その後日本はチャンスを作り出すもの逆転にはいたらず延長戦へ突入。
東のシュートがポストに阻まれるなど惜しい場面はあったものの1-1のまま、試合はPK戦へ。
PK戦、先攻の日本は東が確実に決める。
そして北沢がアルゼンチンのシュートを止めた!
三上、北沢も決め、最後はキャプテン塩入が決めてPK戦を制した。
日本は翌日の5~6位決定戦へと駒を進めた。
下位トーナメント1回戦 アルゼンチン1-1 延長PK 4-2
得点 後半5分 三上(東)
選手個々の出場時間は、東と塩入が50分、吉沢49分、三上48分、内橋2分、北沢1分、竹田と内海は出場無し。
会場の外に出ると、選手たちの涙に呼応するかのように振っていた雨も上がり、空には大きな虹がかかっていた。
最終日の7月8日は日本代表チームの最後の試合。対戦相手はアイルランド。
この日は試合前には国歌も流れた。
腕を上げることが出来る選手は胸に手をあてる。腕を上げられない選手も何らかの思いが去来していただろう。
先発メンバーは、三上、北沢、内海、竹田(GK)。
日本が優勢に試合を進めるが、前半9分、カウンターから失点を喫してしまう。
もちろんこのままで終わるわけはない。
日本は19分、左サイドハーフウェイライン付近のキックイン。
三上からファーの内海にボールが通り内海が蹴り込み同点!
後半のスタート時のメンバーは、塩入、東、内橋、吉沢(GK)。
11分、東のキックインをファーの三上が決め逆転!
15分には、東が右サイドのキックインからニアを直接ぶち抜き3-1とリードを広げる。
さらに18分には東の蹴ったフリーキックを塩入が決め4-1。
日本は3点差をつけ、アイルランドを下し5位となった。
5位決定戦 アイルランド 4-1
得点 前半19分 内海(三上) 後半11分 三上(東) 15分 東 18分 塩入(東)
選手個々の出場時間は、三上31分、東と北沢21分、竹田、吉沢、塩入、内海が20分、内橋が7分。
大会を通した個々の出場時間は、東205分、吉沢185分、塩入177分、三上170分、北沢163分、竹田161分、内橋63分、内海36分。
尚、得点及びアシストの内訳は以下のようになっている。
準々決勝敗退まで。
得点8 塩入3 三上2 内橋1 東1 竹田1
アシスト 東5 竹田1
得点はすべてリスタートから(キックイン5、フリーキック1、キックオフ1、コーナーキック1)
全ての試合の総計
得点13 塩入4 三上4 東2 内橋1 竹田1 内海1
アシスト 東8 三上1 竹田1
得点はすべてリスタートから(キックイン9、フリーキック2、キックオフ1、コーナーキック1)
失点は準々決勝まで16(フリーキック6、キックイン5、流れのなかから4、コーナーキック1)
得点に比べてフリーキックによる失点が多い。内訳はスリーパーソンが3、2on1が1、その他が2。流れのなかからの失点はすべてアメリカ戦。
最終戦までは18。下位トーナメントでの失点は2on1を取られてのフリーキック及びカウンターからの失点。
最終的な各国の順位は優勝フランス、準優勝アメリカ、3位イングランド、4位オーストラリア、5位日本、6位アイルランド、7位アルゼンチン、8位ウルグアイ、9位デンマーク、10位カナダ。
試合が終われば日本選手団が解散するわけではない。
「無事に行って無事に帰ってくることも大きなテーマ」だからだ。
行きと同じルートで日本選手団は帰国。
幸い大きなアクシデントは無く成田空港に到着。そこで初めて、メディカルスタッフを始め監督、コーチ、その他スタッフの肩の荷もおりた。
我々のアメリカワールドカップに関しての撮影もここまでだ。
撮影が全て終わったわけではなく、その後の撮影もそれなりに残されている。
編集は気が遠くなりそうですが、頑張って完成させます。
関東以外の選手、ご家族やアテンダントは、さらに自宅までの長旅も残されていた。
鹿児島の選手たちが自宅に帰りついたのは、国内到着の翌日だった。
6年ぶりに開催されたワールドカップ。(2年間、開催時期が延びた)
次回の開催は4年後の2021年。開催場所はまだ決まっていない。
この大会ではフランス、アメリカ、イングランドが実力的に突出していた。その3強を追う第2グループがオーストラリアと日本。そしてそれに続く第3グループという図式だろうか。
初出場のアルゼンチンやウルグアイの南米勢は、将来性を感じさせた。
今後、日本はトップグループに追いつき追い越せるのか、あるいはアルゼンチン、ウルグアイの後塵を拝してしまうことになるのか。
もちろん前者となるよう、願っている。
そのためには、大会までにいたるまでの周到な準備が必要であることは言うまでもない。
尚、日本の試合は、パワーサッカーショップのサイトで観ることが出来る。
https://livestream.com/powersoccershop
グループリーグ第3戦アメリカ戦、第4戦ウルグアイ戦。5~6位決定戦アイルランド戦及び、決勝(アメリカvsフランス)は以下。
https://livestream.com/powersoccershop/2017FIPFAWorldCup
グループリーグ第1戦アルゼンチン戦、第2戦デンマーク戦。準々決勝オーストラリア戦は以下。https://livestream.com/powersoccershop/2017FIPFAWorldCup1
5~8位トーナメントのアルゼンチン戦は観ることが出来ないようだ。
また文中の外国選手の名称は、アメリカのアーチャーを除いてファーストネームで記載した。日本選手が外国選手を呼び時にファーストネームで呼ぶことが多いようなのでそれにならった。発音はあてにならないかもしれない。アーチャーに関しては皆がそう呼んでいるのでそれに準じた。
電動車椅子サッカーのルール上、ファールとなる3(スリー)パーソンは、スリーインという呼び方で当初書き込んでいたが日本電動車椅子サッカー協会のHPを確認したところ3パーソンとなっていたので、それに準じた。英語の競技規則には、3in Goal Areaと書き込んであるようだ。
また得点時間はこちらで確認した時間であり、公式に記載されている時間とは異なる箇所もある。HPを確認すると実際と大きくずれていることもあったので、こちらで時間を確認し記載した。その際の得点時間はFIFAのルールに従った。例えば2分20秒の得点は3分といったようなことでる。
FIPFAのルールは未確認である。サッカーなので同じかと思っていたが違うのかもしれない。
出場時間もそれにならった。
但し、アディショナルタイムの交代は20分ではなく19分とした。そうしないと交代で入った選手の出場時間が、0分になってしまうからだ。アディショナルタイムは出場時間に組み込んでいない。
余談だが公式記録は正確なわけではない。しかし公式になってしまえば間違っていても訂正されない限り記録はそのまま残る。
以前FIFAワールドカップ予選で、得点の時間がとんでもなく間違っていたことなどもあった。
この記事の記述で間違い等あれば、是非ご指摘ください。