カンタベリーも十分堪能し、可愛らしい街と評判のRyeに向かいます。
カンタベリー・ウエスト駅に戻り、サウス・イースタン鉄道でアッシュ・フォード
に戻りました。これはロンドン・ヴィクトリアまで行くのよね。
20分ほどしてアッシュフォードに到着。ここからサザン鉄道(イーストボーン行き)
に乗りライまで行くのです。
写真でもわかる通り、列車はホームの中ほどで停車してしまいました。
ホームの中ほどより手前にいたため、慌てて先頭車両に乗り込み、
ほどなくチケット確認の車掌さんが来て「この先頭車両は次の駅で
切り離されるから他の車両に移りなさい」と言われました。
私達は車掌さんと共に移動次の車両は混んでいたので、通り過ぎ、
そのまた次の車両へ・・・誰も座っていません・・・
座ろうとしてよく見るとファーストクラスだったので、また次に行こうとすると・・
車掌さんが「ここで良いよ」というのです
「ホントっすか~、私達ジャパニーズは普通車両のチケットしか持ってましぇんよ」
というと「いいから、いいから」と・・
わずか、20分程度とはいえ得しちゃったその後車掌さんはこの席に座って
新聞を読みだしましたなーんか日本ならあり得ないな~って
どこの駅でも駅員さんは親切でしたよ
何か分らない事がある時には、ここそこにたむろしている駅員さんが必ずいるので、
捕まえては質問しましたが、丁寧に教えてくれるのが、
テキトーにしか教えてくれないイタリアと大違いでした~
さあラブリータウンのライに到~着
10世紀頃のライはこの辺りまで海だったそうです。
シーガルが飛んでいてあの「キュー」という鳴き声が海が近いと感じさせます。
駅前はこーんな感じ・・・
観光センターとスーパーなんかのこじんまりとした複合施設のみ。
てくてく歩き、今日の宿B&B「ジークスハウス」を目指します。
この門をくぐればライの中心地。ゼルダの冒険の始まりだ
カンタベリーと比べると格段に観光客も少なく、のーんびりした空気。
駅からだと、宿まではのぼりが続いて行くって感じ。
この街の石畳は最強に手ごわい石畳でした。
THE石畳って感じでしょ
さてRye(ライ)とは北フランス語?のRie・・銀行・・の由来らしい。
歴史を遡ってみると・・・
ありましたね~ヘイスティングズの戦いライから電車で10分ほどにヘイスティングス
があります。
日本の歴史も曖昧なのに、英国史なんかもっと曖昧模糊状態。
街自体は青銅器時代から形成されていたようで、英国海峡を挟んで
フランスという地理関係。
ケルト→ローマが支配→アンゴロ・サクソン→ノルマン(デンマーク)ときて
ヘイスティングスの戦いでフランスが勝利を治める・・・と
で、この戦いの時に(1066年頃)ライ近隣のドーバー、ヘイスティングなどの
5港湾都市が同盟を結んでフランス軍に対抗するも敗れたという事になる。
フランスの諸侯ノルマンディー公ギョーム2世がこの地の王「ウイリアム1世」となったのか
アングロサクソンの支配下であったイングランドを支配したのでギョームは「征服王」と
呼ばれたんだね~。
この戦いの後、イングランドの首都がロンドンと決定したらしい。
イングランド南部屈指の港湾として栄華を誇ったライも、英国海峡の海賊の襲撃で
衰退し、中世以降はスマグラーの巣窟となってしまいその中心である
マーメード・インは今でもホテルとして現存していますよ