一人想うこと :  想うままに… 気ままに… 日々徒然に…

『もう一人の自分』という小説を“けん あうる”のペンネームで出版しました。ぜひ読んでみてください。

市場の話 其の二

2005-11-23 21:23:48 | 日記・エッセイ・コラム
 最近の札幌は雪こそそんなに降らないが、朝晩はめっきりと寒くなってきた。
このように季節の変わり目、特に朝の冷え込みがきつい時には市場内でも事故や体調を崩す人が多い。
 一ヶ月ほど前のことだった。
ご主人様がいつものようにセリを見ていると、後ろの通路が騒がしく黒山の人だかりができていた。
何事かと、人をかき分けると誰か倒れているようだ。
前の人の頭の横から、力の抜けた両足だけが垣間見えた。
「モートラにはねられたのか?」
横にいた買出し人が言った。
モートラとはモータートラックの略で、荷物を運搬する軽車輌のことである。
市場内ではモートラやフォークリフトによる事故が多い。
ご主人様も最初はそう思った。
だが、様子が違うようだ。
モートラとフォークリフトは人だかりの周りで止まっている。
ご主人様は背伸びをしてもう一度見てみた。
すると、仲買人の一人が携帯で電話をし、もう一人が必死に人工マッサージをしている。
どうやら心臓発作のようだ。
救急の指示に従ってマッサージをしているのだろう。
ご主人様は気がきでなかった。
でも、ご主人様にできることは何もない。
ひたすら救急車が来るのを待つしかなかった。
「まだ来ないか?」
そう思って出口の方に目をやると、セリ場では何事もなかったかのようにセリは続いていた。
威勢のいいセリ人の掛け声と共に、次々と魚がセリ落とされて行く。
ご主人様の目には、日常的な風景と非日常的な風景が重なり、不思議な映像となって映っていた。
「こういう状態でもセリは続くのか」
そう思った時、やっと救急車が来た。
 翌日、仲買人に訊くと、倒れたのは41歳のバイヤーという。
心臓が20分も止まっていたため、機械で肉体を生かしているが、一週間が限度だろうと言うことだ。
41歳というと働き盛り。家庭があれば可愛い子供達もいるだろうに。
人ごとながらご主人様は気になってしょうがなかった。
 一週間後、市場から戻って来たご主人様は、事務所で同僚からビックリするようなニュースを聞いた。
「あの心臓発作で倒れたバイヤー。生き返ったようですよ。
まだ脳に腫れがあるようですが意識もあり、後遺症もほとんどないと言うことらしいです」
「ほんとうか?」
ご主人様はビックリして立ち上がった。
「ええ、医者も奇跡だと言ってるそうです」
「よかった。本当に」
ご主人様は人ごとながら、安堵の気持ちでいっぱいだった。

 さらに一週間たったある日。
ご主人様はいつものように事務所から市場の立体駐車場に歩いて向かっていた。
すると、パトカーが止まっている。
「事故でもあったのか?」
そう思ったが別に気にもせず、立体駐車場のトイレに寄ってから車で出かけていった。
 翌日、市場から戻ると同僚が、「昨日、立体駐車場のトイレで人が血を吐いて死んでいたそうですよ」と言った。
それを聞いたご主人様はあわてた。
「ちょ、ちょっとまってよ。おれ昨日あそこのトイレで○○してったぞ」
それを聞いた同僚が言った。
「時間的にいって、事故処理が終わった後じゃないですか」
「うわー、もうあそこのトイレは使いたくないな」
ご主人様が言うと、後輩が言った。
「あそこのトイレは夜怖いんですよね。こうもやなことが続くと御祓いしたほうがいいんじゃないすか?」
この時、ご主人様は何かいやーな予感がしていた。

 三日後、ご主人様は何か落ち着かない気分で市場から戻って来た。
事務所のドアを開けるなり同僚が青ざめた顔で言ってきた。
「センター長のKさんが倒れた」
「倒れた? 倒れたって、どういう症状だ」
「意識ははっきりしてるが口からよだれを垂らし、全身の力が抜けている」
聞いたご主人様にはすぐにわかった。
脳梗塞だ。
「それでどうした」
「ちょっと前に救急車で運ばれていった」
 センター長はご主人様の先輩で、入社したての頃はよく面倒を見てもらっていた。
ちょっと前の人事異動で長年いた外商から来たばかりだった。
極端に朝の早い出勤時間。慣れない仕事など環境の変化が大きなストレスとなっていたのは、ご主人様の目にも明らかだった。
 翌日、センター長の奥さんから連絡があり、検査の結果、やはり軽い脳梗塞だと言う。
意識もはっきりしているし、リハビリを続ければ早いうちに職場復帰できるとのことだった。
ご主人様は一安心した。
でも人ごとではない。自分も気をつけなければ。
けど、気をつけるって、どうすればいいんだ?
摂生するしかないか。
そう思って今日も朝早くから、奥様に見送られて元気に出かけていった。


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