それから改まったように高志を見た。
「高志さんは漁師になるつもりなの」
「どうして」
「鉄さんの所居心地良さそうだし、それにもう春なのに、峠の旅人にしては長居だし」
千恵の言葉に高志は思いがけない出会いのように彼女を見た。少こしの間、その眼差しが何か忘
れ物を探すように海の上をさ迷った。
「そうだったね、雪の峠で猛さんに拾われた時のことをすっかり忘れていた。あの後君達の家に
泊まった時に、千恵さんに言われたんだ。峠の旅人だから、また直ぐに出て行ってしまうだろうっ
て。
あの時はそう考えていた。
忘れていたよ。
もしかしたら僕は本当に、漁師になるつもりなのかなあ」
高志は再び海に視線を転じた。
「随分あやふやな言い方ね」
知恵は不満そうに彼を見た。
「私に遠慮はいらないわよ。その気があるならあの家高志さんに上げるわ、鉄さんも喜ぶと思う。
私はここに住む気はないから」
「いきなりそんな大事な話しを、真面目な顔をして言わないで下さい。
私は根っからのあやふやな人間なのですから、いつだって行き当たりばったりでしか物を考えら
れない。
明日は何処で何をしているか、自分でも分からない。どうしてなのか説明が着かない。