言下に応えてからあやは、突然思い出したように言った。
「たまにコーヒーでも飲んで行かない」
「いいよ」
向きを変えた二人は駅前の商店街にある、明るい「しおん」という小さな喫茶店に入った。
店の中に客はなく、カウンターの奥から若い女性が応じた。6、7席あるカウンターと通路を挟
んで四人掛けのボックス席が4つある。
二人はボックス席の一番奥に腰を下ろした。
そこが店の中でも外光が入って、一番明るかった。
どちらからともなくその席を選んだのだが腰を下ろしてから、高志はホッとした気分になった。
彼は喫茶店という所が何となく苦手なのだが、とくに落とした照明が足を遠ざけさせていた。高
い背もたれの椅子にも抵抗があった。
腰を下ろすと、自分が何か囲いの中に取りこまれたようで、時には暗い井戸の底に、吸い込まれ
て行く気分になる。
その上に闇の中からは、ありもしない眼が取り囲み見つめ始める。
落ち着かないことこの上ないのだ。
あやはもの慣れた様子でオーダーを出し、極自然体に見える。
「二人でコーヒーなんて初めてね」
彼女は少こし楽し気だ。
コーヒーを待つ間も待たずに話し始める。
「私、今改めて鉄さんのことは、何も知らないんだと気付かせられたわ。高志さん手紙の差し出
し人の名前について、鉄さんから何か聞いたことある」