山は崖のような急斜面だが、欝蒼(うっそう)とした広葉樹の巨木で覆われ、今は葉を落とし黒く尖った枝の
影を根雪に落としている。
駅までの道は完全に雪に隠されていて痕跡も見えない。
高志は仰ぎ見て、ぐるりと視線を海に廻し、改めてここに人が住んでいることの不思議を感じた。
前も後ろもここは完全に閉ざされた場所だ。
しかし不安は感じなかった。むしろ逆に心は次第に、わくわくと子供のように踊り始めている。
突き出た玄関には、腰高にガラスの入った引き戸がある。入ると直ぐまた同じような引き戸だ。
戸と戸の間は1間しかない。つまりこの玄関は1間突き出して造られている。
引き戸の敷居はどちらも20センチほどと高い。
二重の引き戸も高い敷居も、どちらも雪と寒さの厳しい北国特有の造りだ。
2枚目の引き戸の内側は三和土(たたき)の土間だ。土間は間口1間、奥行きはこの建物の幅一杯の3間ほ
どある。
壁には漁に使うさまざまな道具や、ロープなどが架けられている。
入ると直ぐに上がり框(あがりかまち)があり、1間の膝高の磨硝子の入った引き戸を開けると、中央に薪ストー
ブを据えた、10畳ほどの板敷の居間だ。
居間には海側に1間の出窓、向かい合った壁側は流し場。
流し場は板敷の間から直接、わずかに半間ほどの突き出しで出来ている。右手から水甕(かめ)、井戸ポ
ンプ、洗台、調理台と並び、左手の壁には鍋釜を置く棚、そして茶箪笥と並んでいる。
いずれもきちんと整頓され、手入れが行き届いていて清潔だ。
隣の部屋との仕切りは1間の襖で、開けると6畳の和室、窓があり押入れがあり、小さな仏壇が
置かれている。
さらに次の部屋も襖で仕切られた和室で、造りは同じだが、襖と向かい合った壁には和箪笥があ
る。箪笥の海側隣には半間のドアが付いている。開けると幅1間、奥行き2間の納戸になってい
た。
広さは建屋の外見と同じく小さなものだが、無駄がなく使い易そうな造りだ。
鉄さんは一通り案内すると「高志さんはこの部屋を使ってくれ」と、真ん中の部屋を指示した。
「蒲団はわしのと合わせて、その押入れに入っている。わしは居間で寝ている。こっちの方が温
まっているから凌(しの)ぎいい。高志さんもこっちがいいだろう。夜はストーブの周りに金網の柵を立て
るから、火の心配はない。冬はストーブの傍で寝るのに越したことはない。朝まで火は絶やさない
から。隣の部屋は枕元の水も凍る」
高志はそれを聞いて、自分も是非居間で寝かせて欲しいと言った。
「便所は土間の奥だ」
ストーブの火を入れ終わってから、思い出したように鉄さんが言った。
ストーブには大きな鉄瓶が載っていて、銅の湯沸し器も付いている。
湯がわくと鉄さんは茶を入れ、卓袱台の上にどんぶりに盛った、白菜の漬け物を出した。
「わしの手作りだ」と言った後は、静かに茶を飲み白菜の漬け物で音を立てた。
鉄さんは寡黙だ。
そう思った時、高志は船着場に着いてからずっと自分が「はい」とか「分かりました」としか言
ってないのに気付いた。
影を根雪に落としている。
駅までの道は完全に雪に隠されていて痕跡も見えない。
高志は仰ぎ見て、ぐるりと視線を海に廻し、改めてここに人が住んでいることの不思議を感じた。
前も後ろもここは完全に閉ざされた場所だ。
しかし不安は感じなかった。むしろ逆に心は次第に、わくわくと子供のように踊り始めている。
突き出た玄関には、腰高にガラスの入った引き戸がある。入ると直ぐまた同じような引き戸だ。
戸と戸の間は1間しかない。つまりこの玄関は1間突き出して造られている。
引き戸の敷居はどちらも20センチほどと高い。
二重の引き戸も高い敷居も、どちらも雪と寒さの厳しい北国特有の造りだ。
2枚目の引き戸の内側は三和土(たたき)の土間だ。土間は間口1間、奥行きはこの建物の幅一杯の3間ほ
どある。
壁には漁に使うさまざまな道具や、ロープなどが架けられている。
入ると直ぐに上がり框(あがりかまち)があり、1間の膝高の磨硝子の入った引き戸を開けると、中央に薪ストー
ブを据えた、10畳ほどの板敷の居間だ。
居間には海側に1間の出窓、向かい合った壁側は流し場。
流し場は板敷の間から直接、わずかに半間ほどの突き出しで出来ている。右手から水甕(かめ)、井戸ポ
ンプ、洗台、調理台と並び、左手の壁には鍋釜を置く棚、そして茶箪笥と並んでいる。
いずれもきちんと整頓され、手入れが行き届いていて清潔だ。
隣の部屋との仕切りは1間の襖で、開けると6畳の和室、窓があり押入れがあり、小さな仏壇が
置かれている。
さらに次の部屋も襖で仕切られた和室で、造りは同じだが、襖と向かい合った壁には和箪笥があ
る。箪笥の海側隣には半間のドアが付いている。開けると幅1間、奥行き2間の納戸になってい
た。
広さは建屋の外見と同じく小さなものだが、無駄がなく使い易そうな造りだ。
鉄さんは一通り案内すると「高志さんはこの部屋を使ってくれ」と、真ん中の部屋を指示した。
「蒲団はわしのと合わせて、その押入れに入っている。わしは居間で寝ている。こっちの方が温
まっているから凌(しの)ぎいい。高志さんもこっちがいいだろう。夜はストーブの周りに金網の柵を立て
るから、火の心配はない。冬はストーブの傍で寝るのに越したことはない。朝まで火は絶やさない
から。隣の部屋は枕元の水も凍る」
高志はそれを聞いて、自分も是非居間で寝かせて欲しいと言った。
「便所は土間の奥だ」
ストーブの火を入れ終わってから、思い出したように鉄さんが言った。
ストーブには大きな鉄瓶が載っていて、銅の湯沸し器も付いている。
湯がわくと鉄さんは茶を入れ、卓袱台の上にどんぶりに盛った、白菜の漬け物を出した。
「わしの手作りだ」と言った後は、静かに茶を飲み白菜の漬け物で音を立てた。
鉄さんは寡黙だ。
そう思った時、高志は船着場に着いてからずっと自分が「はい」とか「分かりました」としか言
ってないのに気付いた。