「僕が未だに結婚もせず、付き合う女性もなく、定職も持たずにいることは、人生において正し
い選択をしているということです」
「良くそういうことを、自慢気に言えるわね。そうよ高さんはこれからも、清く正しく人生を追
及して生きていくがいいわ」
あやは彫りのくっきりした眼の奥から、苛立たし気に高志を睨んだ。
「高さんだって罪人(つみびと)だよ。両親や兄弟をどれほど悲しませているか分からぬはずがない。
わしよりも何倍も何十倍もましなことは認めるがね、だからわしなんかの言えたことではないが、
清く正しくジャコシカなんてのは余り奨められた話ではない」
鉄五郎はあやを見る眼とはどこか違う、寂莫とした視線を高志に向けて言った。
高志は逃れるように眼を逸らして、微かに笑い、何も言わなかった。
やがてあやは受け取った手紙を、きちんと畳んでテーブルの上を鉄五郎の前にすべらせて言った。
「鉄さんはこの手紙に、返事を書こうと考えている。ずっとそのことを考えている。
そうよ、私が和美さんだったら、やはり返事を待っているわ。自分ではどんなに抗い、拒否して
いても、やはり待つわ。
そのことを、もちろん鉄さんは分かっている。
私には答えなんていらない。
ただ返事が欲しい。
自分の父親なんだから」