だから結婚した。
だから子供をもうけた。
めでたしめでたしの、順調な出だしだったはずなのに、日が重なるにつれて、何かがおかしくな
ってきた。
そしてあの幼い我が子に、ビール瓶を振り上げた瞬間から、違う自分に成ってしまった。
いや違うんだ。成ってしまったのではない、ただ単に気付いてしまったのだ。
あの時から、もう元へは戻れなくなってしまった。
一度そんな世界に踏みこんでしまうと、何でもかんでもが、今までとは違って見え出し感じ始め
てしまう。
すっかりはまりこみ、いつの間にか自分のことしか考えられなくなり、そのことを守るためなら
何だって許される、それ以外に価値のあることなんて何もないと考え始めた。
そんな風になると、妻や子の所に帰るどころか、一カ所に長く留まることすら、できなくなって
しまった。
大工という特定の仕事を続けることにも、意味がなくなってしまった。
周りの人間がわしのことを、ちゃんとしたつまり常識をわきまえた、善良な人間だと思い始める
と、そわそわと落ち着かなくなり、気が付くとまた、知らぬ土地に流れている。
そんな暮らしを長く続けていると、仕舞いには自分が何故そんな暮らしをしているのか、まるで
解らなくなる。
自分が誰なのか、何で今そこにいるのかもぼやけてくる。
ただ流れるままに生きていると、時折、自分が静かに死につつあるのだと思うことがある。