山の道が閉ざされ海が時化れば、入江の家は完全に閉じこめられたことになる。
それは一体幾日続くことになるのだろう。まさか春までということはないだろうが、あの小舟で
は一週間、10日なんてことは、充分にあり得る。
高志はまたまた胸の鼓動が高まるのを覚えた。どうやら自分は普通ではない、むしろ異常な生活
に憧れているのかも知れない。
26歳になって、未だに普通の大人に成り切れずにいるのかも知れない。
崖下を観ながら極度の緊張の一方で、なんとも場違いな想念に囚われながら、ずりずりと海に向
かって下りて行く内に、やがて幾つかの折り重なった岩山に行く手を阻まれてしまった。
さてこの先はどうなるのかと近付くと、先を行く鉄さんが二つの岩山の間に吸い込まれて消えた。
慌てて足跡を辿って岩陰に廻りこむと、突然眼の前が開け、そこに砂浜と柾葺屋根と船着場が、
まとめて視界に飛びこんできた。
入江はひっそりと、まるで微笑むように二人を待っていた。
「はあ、あっはっは」
高志は思わず声を上げて笑った。
秘密の入江は海から帰った時にも負けず、高志の心を躍らせていた。
六
ブデイック「フローラ」は順調にスタートを切った。定まらなかった客層も次第に絞れてきた。
この一年めまぐるしく商品展示を変える度に、落ち着かなかった店の雰囲気も、一定の方向性を
示してまとまり始めた。