愛する息子へ
陽射しが鼻先をくすぐるような日のことでした。
とても退屈な午後、下宿生活をしていた私はしばし伸びをしていました。
「あ、、、、あぁ、、、」
その時、下宿の主人のおばあさんがひょいと顔を出して私を呼びました。
「学生さん、、学生さん、ちょっとこっちに来なさい。」
2ヶ月間貯めた下宿費を催促されたらどうしようと不安な気持ちで頭を掻きながら、まごまご部屋に入っていった私はびっくり驚きました。
「お、、あれ、」
部屋の隅の机の上には見たことのないコンピュターが一台あったからです。
驚いている私を見ながら、おばあさんは手招きをして入ってくるように言いました。
「あ、立っていないで中に入って来なさい。」
「おばあさん、何でコンピュターですか。」
それでなくてもコンピュターがほしかった私は、何か拾い物でもしたような気持ちでその前に座って触って見ました。
「何、コンピュターは、、、わしが買ったんだ。」
「おばあさんの年でコンピュターを覚えるのは簡単ではないけど。」
「あ、これがあれば、アメリカまで手紙がすぐに行ったり来たりするんだって。」
おばあさんはeメールでアメリカにいる孫と手紙をやり取りしたくてコンピュターを用意したのでした。私はコンピュターのスイッチの入れ方からインターネットの接続法、eメールの送り方などを可能な限り簡単に教えてあげました。
おばあさんは、説明が終わるたびにため息をついて、首を上げてはおろして苦労していましたが、決してあきらめませんでした。
私は、紙に書かれた息子のeメールアドレスを入力して簡単に使えるようにしてあげました。
「おばあさん、一回やってみてください。」
おばあさんは1本指でたどたどしくキーボードを押しながらきちんきちんと文字を打ち始めました。
「あ、い、す、る、、、む、す、こ、へ。」
モニターの画面には「愛する息子へ。」と言う文字が浮かびました。
苦労してそこまで入力したおばあさんは、首をうなだれてしばらく動きませんでした。その瞬間、キーボードの上に大きな涙のつぶがぽろりと落ちました。
「お、、、」
急なおばあさんの涙に私は困ってどうしていいかわかりませんでした。
しばらくして、おばあさんは首を上げて袖で涙を隠して恥ずかしそうに私を見て言いました。
「これは、手紙もコンピュターも涙が出るのは同じだね、、、」
その日の晩、私はおばあさんのその涙の出る手紙が完成しアメリカに暮らす息子の電子便受けに配達される時までおばあさんのそばで見守りました。