色を塗る絵本
結婚して7年間住んだ家を引越しする日のことでした。
私は納戸に置いてあった荷物を整理していて、子供の頃の日記帳とかノートを見つけました。
「あらまあ、これがまだあったのね。」
本当に久しぶりに懐かしさに浸りながら幼い頃の痕跡をたどっていた私は、しわになった何枚かの絵から目を離すことができませんでした。その上に、今はなくなった母の姿が重なって浮かんだからです。
母は私たち兄妹を一人で育てました。
貧しさと偏見、そのすべての波風をかき分けて生きていかなければならなかった母は、苦しい生活のために、幼い子供たちを置いて工場に仕事に行くことがいつも気がかりでした。
幼かったけれど、東の空が明ける前、明けの仕事に行く母の後姿を見ると心の片隅が痛みました。
7歳の時だったか。母のいない時間を一人で過ごさなければならなかった私は、大家さんの子供が持って遊んでいた塗り絵の本がとても欲しいと思いました。
キャンディや、魔法使いサリーのような絵に色を塗るきらきらしたきれいな本。
ですが幼い心にも苦労している母に、どうしても買ってくれとは言えず、我慢してつばを飲んでいました。私たち兄妹は母が帰ってくる時間になると門の外に出て母を待ちました。
「お母さんだ。お母さん。」
「ただいま。」
母は待っていた私たちを抱きしめてくれました。
ですが、ある日の夕方、工場から帰ってきた母が黄色い紙の綴りを一束出しました。
「お。これは何だ。」
でこぼこに綴じられたその紙の綴りの裏には、お姫様と王子様の絵や花模様のようなものが描いてありました。
母が事務室で使って捨てられた裏紙を集めて、昼の時間に合間を見て描いてくれたのです。
私は母が集めてきた紙のその下手で変な絵に一生懸命色を塗りました。
しわになって破れていて、でこぼこしていて、ややもするとクレヨンが折れたりもしましたが、その母の手製の塗り絵の本は、私の幼い頃の心の痛みを慰めてくれました。
新しい家に引越しをした私は、その塗り絵を額に入れて納戸ではなく寝室に並べて掛けました。
その下手な絵の中には私が絶対に超えることのできない母の愛が描かれているからです。