こんばんは。
今日はこれまでになく暖かさを感じられるような陽射しと陽光でした。
少しずつでも春に近づいてきているのでしょうね。
もっとも北の方にお住まいの方は、まだまだかもしれませんけれど。
とはいえ夕方歩いてくると、やはり風は冷たく帰る頃には耳が冷たくなっておりました。
本格的な暖かさはまだ当分掛かりそうですね。
そんな朝は朝焼けが見えましたが雨が降るでもなく一日穏やかなお天気でした。
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時たま夜が寝られない、眠くないという時があるのですがそんな事はありませんか?
昨夜がそんな風でして、どうしてか寝付けずいつまで経っても頭が冴えている感じでした。
以前も申したように首から肩、あるいは頭そのものが凝っている感じがずうっと取れなくて余計にそうなのかもしれませんけれど。
そういう時は本を読んでみたりもするのですが尚更目が冴えるばかりでどうしようもないですね;。
お酒を飲めば?といわれるかもしれませんけれど、殆ど飲めない自分にはその選択肢もありません。
こういう場合はどのようにすれば良いのか、どなたか良いアイディアがあれば教えて頂きたいところです。
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そんなことを言いつつもいつの間にか根の国底の国、ではありませんけれど(祝詞に出てくる言葉です;)夢の世界へ行っていたようでした。
もっとも夢そのものは覚えておりませんが;。
朝は祝詞奏上後、いつもより長い話?をイルカのエーヴィンから聴きましたよ。
“ やぁ 久しぶり エーヴィンだよ
どうしたの ちょっと元気ないね そうか今 お金のこと あれこれ考えているからだね
お金って 君達はしんどい思いをして稼がなきゃいけないものだと ずっと信じてきたんじゃない?
いや そんな事はないって?
でも殆どの人が お金は苦労して手に入れるものだと考えてるでしょ
労せずに 手に入れるのは いけないことだって
その一方で 楽しくお金を手にいれる人を見ると羨ましくなってるよね
何故だろうね?
君達を見てると とても面白いよ 不思議だよ
それに色んなことを これはこれでなくてはならないと 一つひとつに紐で括り付けるようにして
自分達で自分達自身を がんじがらめにしてるでしょ?
面白いと思うよ 僕たちからするとさ
一度 そんなのをとっぱらって 自分が本当に何をしたいのか 自分に聞いてみるといいよ
わからないという人は どこか自然が一杯のところへ行って
一日 ボーっとしてみるのもいいかもしれないね
その中で 自分は一体どんなことを本当はしたいのか
お金って 自分にとって何なのか
あくせくしないと稼げないと信じているのは 本当なのか
それを今一度 感じてみることだよ
それすら 時間やお金が惜しいっていう人は(笑)
ほんの少し 目を閉じて 静かに座ってみるのも一つの手だよ
あまりにも周りの雑音に振り回され過ぎていないか それを考えてほしいな
今日は長くなったね じゃあまたね バイバイ ”
その後 白龍を感じたいと思うけれどなかなか・・・
このところ黄色や金色にすごく惹かれる どうして?
龍も金色? アーロン?
〝 私だ 今そなたが必要としているのは 私のパワーだ
思う存分使うが良い 〟
頭の中へ書こうとする矢先から言葉が入ってくるみたい
〝 何故 金龍なのか その波動に包まれたいと思うからだ
一度どっぷりと その波動に浸ってみるが良い
変化は必ず 現れる 〟
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最初はお分かりのようにエーヴィン、続いてはうちへもよく来てくれる?金龍のアーロンの言葉のようでした。
エーヴィン、今日はお金とかのことに関して語ってくれておりましたね。
これもどこかで聞いたような話ではありますけれど;。
彼にはこんな具合で話をされましたけれど、皆様はどのように感じられるでしょうか。
今の世の中の仕組みに従っていけば、前にも話したようにどこかで無理をしてでもお金というものは稼がないといけないと考えておられるで
しょうか。
確かに誰かがどこかで多少の無理をしてくれている部分があるから成り立っているという面も、今現在は否めないところもあると感じます。
それでもどんな人にも、これは出来るけれどそれは無理というものもあるのではとも考えます。
とするなら、世の中でしんどいと考えられている仕事を誰もしないとなると、この世の中は機能しなくなるのでしょうか。
自分が今している仕事に対してその全てがしんどいだけのものならば、実際そのような状況に陥ってしまうかもしれません。
ですけれど、今自分自身がしている仕事にある種の誇りややりがいを感じているとするならば、それは人から見れば大変そうな仕事であっても
当の本人には面白みのある仕事なのでは、と思います。
どんなことをしていても大変さ、しんどさはある意味ついて回るものかもしれません。
けれどその仕事をやっている最中、あるいはし終えた後の気持ちよさを少しでも感じ取れたなら、その仕事はその人にとりやる意味のあることに
なるのでは、とも考えます。
彼が主張していることと自分が申しておりますことはかなり隔たりがあるかと思います。
けれど仕事とはそういうことではないのかな、とこれは今考えながら書いていて感じたことでもあります。
自分自身、今の仕事に就くまでは、つまり結婚前まではごく普通に会社勤めをしておりました。
エーヴィンがいうようにどこかで多少は無理をしてでもお金を稼ぐには頑張らねばならない、それが当たり前だと思いそうしておりました。
けれど最終的には合わない部分をどこかで無理していたのが身体に来てしまったのかどうにも会社へ出られなくなりひと月程休んで、その間に
自分でふんぎりがついた気分で退職しました。
いえ、もっと言うならば自分自身が本当に人とズレまくっており;どこへ勤めてもいつも何かギクシャクしてしまい、終いには辞めざるを得ない
ダメ社員でしかなかったということなんですけれどね;。
これを話すと、これまた話が別のこととなるのですが今回良い機会;?なので一気に書かせて頂こうと思います。
ともあれ彼が言いたいこととは少し論点がずれておりますが、無理をしてでもお金のためならとすることが果たして正しかったのかと今考えると、
さぁどうだったんだろうと感じたりも致します。
確かに働いている間、いやなことばかりではもちろん無く、楽しいと思える時も多くありました。
けれどどこかでずれている自分が人についていけなくなり、詰まりは自分が自分のせいでそのようになってしまったというわけなのですが;。
そう思うと何にもせずに、最初は何も出来ずにでしたけれど、ひと月を休んでみたというのは今こうして思い返してみてよい経験だったのではと
思います。
行かなくなった次の日から、会社へ出なくていいというのはこれほどに楽なのかと感じたように覚えております。
常に会社のことは頭の隅にありましたがどこか自由になった、なれたと感じておりました。
いい加減、なんにもいわない自分に会社からどうしますか?と連絡が来たときには、辞めよう、としっかり決心が着いていました。
退職願だったかを便箋にしたため久しぶりの会社へ出向き上司にそれを手渡し、自分の使っていたデスクから様々なものを全て取り出してゴミ箱へ
捨てました。
名刺もなにもばっさりゴミ箱へ投げ込んだのを覚えています。
本当にサバサバした感じでした。
といっても、多分に迷惑を掛けていたのは絶対というほど自分の方であったのは間違いありません;。
その頃主人のする神様の仕事を分からぬまでも少しずつ手伝っておったようにも記憶しております。
まだ付き合っていた頃ですね。
というのか実のところ、このあたりの記憶が本当は今ひとつ鮮明には覚えていないのですよね;。
自分に都合が悪いことというのか、嫌だと感じていた当時の記憶が曖昧な部分があり、もし今主人が存命ならばその頃どうであったのか、かなり
おかしくなっていたと話すのではとも思うのですが。
要するに何が言いたいかといえば、自分に合わない仕事を無理して続け、その結果周りに大いに迷惑を掛け尚且つ自分もしんどくなった、つまりは
どちらも良くない結果で終わってしまっていた、ということです。
そんな、どうしようも世間一般には使い物にならない自分を此方の世界、神様に仕えさせるという分野では案外いけるんじゃないか、と感じてくれ
たのがその主人だったのではということです。
神事の世界、いわば人間と神様との仲執り持ちとされているのが神主という仕事かと存じます。
そんな大変な仕事を果たして人と大幅にずれまくっている人間がしてもだ大丈夫なのか、と言われそうですけれど。
何故かこの仕事は、ある意味主人が結果的には上司という立場で指導してくれましたので出来た部分も大きいかとは思いますが、最初から面白く
感じられました。
言葉遣いや所作動作、それらは厳しく教え込まれましたが、それらをこなしていく事も新鮮に感じられ、これまでとは違う世界に身を置くことが
殊の外楽しかったのだと思います。
仕事ですのできついこともしんどいこともありますが、それが苦にならない感じだったのだと思います。
この「思います」という表現、これもこのあたりの自分の記憶がやはりどこかしら断片的でもあり、気が着いたらこの仕事をさせて頂いていたと
いうのが正直なところでもあるからですね。
そんな風にしてこの仕事へ就いて気づくとウン十年、平成元年に結婚したので大よそ三十年、長いと言えるのかどうかわかりませんけれど、良い時
もあれば、当然あまり芳しく無いときもあります。
それでも自分自身がこの仕事が好きであるというのが、自分でも嬉しく感じている事実です。
エーヴィンが話してくれた内容とは隔たりがありますが、そんなことを今回思いました。
好きこそものの上手なれ、これもこの場合、やはりこの話のニュアンスとはずれておるかと思いますが自分がこれなら打ち込めるとかんじるものを
していくのが何より大事なのではないかな、そう感じております。
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続いてはアーロン、大きな金色の龍です。
ここで書いておりますようにしばらく自分についているとされる白龍の姿を見ておりません。
何でかなぁ、とは自分でも感じておるのですけれど。
その代わり先日より書いております金色の光景等、このようなものに今は心惹かれます。
そのせいかどうか、今日はこのように金色の龍、アーロンが出てきてくれたのでしょう。
彼が言うように金色の波動、その波動にどっぷり浸かること、そうすることでまた何か別の変化が感じられるのかもしれません。
これも不思議なもので、金色、黄色なものが良いなぁと思っていると余計に目に付くのかもしれませんが、身の回りにこのようなものが現れて来て
いるようにも思えます。
だからといって文字通り、金色のゴールドにはご縁はありませんよ;。(笑)
あ、いや今ひとつだけありました;。
先日千田さん(加藤)さんから購入させて頂いたアンシェントメモリーオイル、幸運という名のそれは内容物に金が含まれており、壜を振ると中の
金が舞い上がり、それだけで華やかです。
さながら金粉の大きい判が入っている感じで見ているだけで豊かになれそうです。
気づくと自分のカバンに入れているハンカチ、タオルハンカチですがついこの間から鮮やかな黄色のものを使っておりました。
また肌に直接着ける化粧品、これも現在少しだけですが黄色っぽい色をしているようですね。
こうしてみると無意識のうちに身の回りに黄色、金色を集めていたようです、偶然にも。
これらは僅かな事ですけれど、それでも何かしら自分の中で変化していくところがあるのかもしれませんね。
自分で自分を観察しながら、今後どのように変わるのかまた経過報告したいと思います。
間違ってもゴージャスな感じの変身には程遠いかと思いますけれど;。(笑)
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この写真はたまたま;夕方歩いている時に写したものです。
早速出てきましたね。(笑)
マンサクの花、春にまず咲くからこの名が着いたとそれておるようです。
春の足音、少しずつでも近づいているようですね。
日本全国、早くそんな春が来てほしいものです。
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本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。
今日はこれまでになく暖かさを感じられるような陽射しと陽光でした。
少しずつでも春に近づいてきているのでしょうね。
もっとも北の方にお住まいの方は、まだまだかもしれませんけれど。
とはいえ夕方歩いてくると、やはり風は冷たく帰る頃には耳が冷たくなっておりました。
本格的な暖かさはまだ当分掛かりそうですね。
そんな朝は朝焼けが見えましたが雨が降るでもなく一日穏やかなお天気でした。
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時たま夜が寝られない、眠くないという時があるのですがそんな事はありませんか?
昨夜がそんな風でして、どうしてか寝付けずいつまで経っても頭が冴えている感じでした。
以前も申したように首から肩、あるいは頭そのものが凝っている感じがずうっと取れなくて余計にそうなのかもしれませんけれど。
そういう時は本を読んでみたりもするのですが尚更目が冴えるばかりでどうしようもないですね;。
お酒を飲めば?といわれるかもしれませんけれど、殆ど飲めない自分にはその選択肢もありません。
こういう場合はどのようにすれば良いのか、どなたか良いアイディアがあれば教えて頂きたいところです。
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そんなことを言いつつもいつの間にか根の国底の国、ではありませんけれど(祝詞に出てくる言葉です;)夢の世界へ行っていたようでした。
もっとも夢そのものは覚えておりませんが;。
朝は祝詞奏上後、いつもより長い話?をイルカのエーヴィンから聴きましたよ。
“ やぁ 久しぶり エーヴィンだよ
どうしたの ちょっと元気ないね そうか今 お金のこと あれこれ考えているからだね
お金って 君達はしんどい思いをして稼がなきゃいけないものだと ずっと信じてきたんじゃない?
いや そんな事はないって?
でも殆どの人が お金は苦労して手に入れるものだと考えてるでしょ
労せずに 手に入れるのは いけないことだって
その一方で 楽しくお金を手にいれる人を見ると羨ましくなってるよね
何故だろうね?
君達を見てると とても面白いよ 不思議だよ
それに色んなことを これはこれでなくてはならないと 一つひとつに紐で括り付けるようにして
自分達で自分達自身を がんじがらめにしてるでしょ?
面白いと思うよ 僕たちからするとさ
一度 そんなのをとっぱらって 自分が本当に何をしたいのか 自分に聞いてみるといいよ
わからないという人は どこか自然が一杯のところへ行って
一日 ボーっとしてみるのもいいかもしれないね
その中で 自分は一体どんなことを本当はしたいのか
お金って 自分にとって何なのか
あくせくしないと稼げないと信じているのは 本当なのか
それを今一度 感じてみることだよ
それすら 時間やお金が惜しいっていう人は(笑)
ほんの少し 目を閉じて 静かに座ってみるのも一つの手だよ
あまりにも周りの雑音に振り回され過ぎていないか それを考えてほしいな
今日は長くなったね じゃあまたね バイバイ ”
その後 白龍を感じたいと思うけれどなかなか・・・
このところ黄色や金色にすごく惹かれる どうして?
龍も金色? アーロン?
〝 私だ 今そなたが必要としているのは 私のパワーだ
思う存分使うが良い 〟
頭の中へ書こうとする矢先から言葉が入ってくるみたい
〝 何故 金龍なのか その波動に包まれたいと思うからだ
一度どっぷりと その波動に浸ってみるが良い
変化は必ず 現れる 〟
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最初はお分かりのようにエーヴィン、続いてはうちへもよく来てくれる?金龍のアーロンの言葉のようでした。
エーヴィン、今日はお金とかのことに関して語ってくれておりましたね。
これもどこかで聞いたような話ではありますけれど;。
彼にはこんな具合で話をされましたけれど、皆様はどのように感じられるでしょうか。
今の世の中の仕組みに従っていけば、前にも話したようにどこかで無理をしてでもお金というものは稼がないといけないと考えておられるで
しょうか。
確かに誰かがどこかで多少の無理をしてくれている部分があるから成り立っているという面も、今現在は否めないところもあると感じます。
それでもどんな人にも、これは出来るけれどそれは無理というものもあるのではとも考えます。
とするなら、世の中でしんどいと考えられている仕事を誰もしないとなると、この世の中は機能しなくなるのでしょうか。
自分が今している仕事に対してその全てがしんどいだけのものならば、実際そのような状況に陥ってしまうかもしれません。
ですけれど、今自分自身がしている仕事にある種の誇りややりがいを感じているとするならば、それは人から見れば大変そうな仕事であっても
当の本人には面白みのある仕事なのでは、と思います。
どんなことをしていても大変さ、しんどさはある意味ついて回るものかもしれません。
けれどその仕事をやっている最中、あるいはし終えた後の気持ちよさを少しでも感じ取れたなら、その仕事はその人にとりやる意味のあることに
なるのでは、とも考えます。
彼が主張していることと自分が申しておりますことはかなり隔たりがあるかと思います。
けれど仕事とはそういうことではないのかな、とこれは今考えながら書いていて感じたことでもあります。
自分自身、今の仕事に就くまでは、つまり結婚前まではごく普通に会社勤めをしておりました。
エーヴィンがいうようにどこかで多少は無理をしてでもお金を稼ぐには頑張らねばならない、それが当たり前だと思いそうしておりました。
けれど最終的には合わない部分をどこかで無理していたのが身体に来てしまったのかどうにも会社へ出られなくなりひと月程休んで、その間に
自分でふんぎりがついた気分で退職しました。
いえ、もっと言うならば自分自身が本当に人とズレまくっており;どこへ勤めてもいつも何かギクシャクしてしまい、終いには辞めざるを得ない
ダメ社員でしかなかったということなんですけれどね;。
これを話すと、これまた話が別のこととなるのですが今回良い機会;?なので一気に書かせて頂こうと思います。
ともあれ彼が言いたいこととは少し論点がずれておりますが、無理をしてでもお金のためならとすることが果たして正しかったのかと今考えると、
さぁどうだったんだろうと感じたりも致します。
確かに働いている間、いやなことばかりではもちろん無く、楽しいと思える時も多くありました。
けれどどこかでずれている自分が人についていけなくなり、詰まりは自分が自分のせいでそのようになってしまったというわけなのですが;。
そう思うと何にもせずに、最初は何も出来ずにでしたけれど、ひと月を休んでみたというのは今こうして思い返してみてよい経験だったのではと
思います。
行かなくなった次の日から、会社へ出なくていいというのはこれほどに楽なのかと感じたように覚えております。
常に会社のことは頭の隅にありましたがどこか自由になった、なれたと感じておりました。
いい加減、なんにもいわない自分に会社からどうしますか?と連絡が来たときには、辞めよう、としっかり決心が着いていました。
退職願だったかを便箋にしたため久しぶりの会社へ出向き上司にそれを手渡し、自分の使っていたデスクから様々なものを全て取り出してゴミ箱へ
捨てました。
名刺もなにもばっさりゴミ箱へ投げ込んだのを覚えています。
本当にサバサバした感じでした。
といっても、多分に迷惑を掛けていたのは絶対というほど自分の方であったのは間違いありません;。
その頃主人のする神様の仕事を分からぬまでも少しずつ手伝っておったようにも記憶しております。
まだ付き合っていた頃ですね。
というのか実のところ、このあたりの記憶が本当は今ひとつ鮮明には覚えていないのですよね;。
自分に都合が悪いことというのか、嫌だと感じていた当時の記憶が曖昧な部分があり、もし今主人が存命ならばその頃どうであったのか、かなり
おかしくなっていたと話すのではとも思うのですが。
要するに何が言いたいかといえば、自分に合わない仕事を無理して続け、その結果周りに大いに迷惑を掛け尚且つ自分もしんどくなった、つまりは
どちらも良くない結果で終わってしまっていた、ということです。
そんな、どうしようも世間一般には使い物にならない自分を此方の世界、神様に仕えさせるという分野では案外いけるんじゃないか、と感じてくれ
たのがその主人だったのではということです。
神事の世界、いわば人間と神様との仲執り持ちとされているのが神主という仕事かと存じます。
そんな大変な仕事を果たして人と大幅にずれまくっている人間がしてもだ大丈夫なのか、と言われそうですけれど。
何故かこの仕事は、ある意味主人が結果的には上司という立場で指導してくれましたので出来た部分も大きいかとは思いますが、最初から面白く
感じられました。
言葉遣いや所作動作、それらは厳しく教え込まれましたが、それらをこなしていく事も新鮮に感じられ、これまでとは違う世界に身を置くことが
殊の外楽しかったのだと思います。
仕事ですのできついこともしんどいこともありますが、それが苦にならない感じだったのだと思います。
この「思います」という表現、これもこのあたりの自分の記憶がやはりどこかしら断片的でもあり、気が着いたらこの仕事をさせて頂いていたと
いうのが正直なところでもあるからですね。
そんな風にしてこの仕事へ就いて気づくとウン十年、平成元年に結婚したので大よそ三十年、長いと言えるのかどうかわかりませんけれど、良い時
もあれば、当然あまり芳しく無いときもあります。
それでも自分自身がこの仕事が好きであるというのが、自分でも嬉しく感じている事実です。
エーヴィンが話してくれた内容とは隔たりがありますが、そんなことを今回思いました。
好きこそものの上手なれ、これもこの場合、やはりこの話のニュアンスとはずれておるかと思いますが自分がこれなら打ち込めるとかんじるものを
していくのが何より大事なのではないかな、そう感じております。
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続いてはアーロン、大きな金色の龍です。
ここで書いておりますようにしばらく自分についているとされる白龍の姿を見ておりません。
何でかなぁ、とは自分でも感じておるのですけれど。
その代わり先日より書いております金色の光景等、このようなものに今は心惹かれます。
そのせいかどうか、今日はこのように金色の龍、アーロンが出てきてくれたのでしょう。
彼が言うように金色の波動、その波動にどっぷり浸かること、そうすることでまた何か別の変化が感じられるのかもしれません。
これも不思議なもので、金色、黄色なものが良いなぁと思っていると余計に目に付くのかもしれませんが、身の回りにこのようなものが現れて来て
いるようにも思えます。
だからといって文字通り、金色のゴールドにはご縁はありませんよ;。(笑)
あ、いや今ひとつだけありました;。
先日千田さん(加藤)さんから購入させて頂いたアンシェントメモリーオイル、幸運という名のそれは内容物に金が含まれており、壜を振ると中の
金が舞い上がり、それだけで華やかです。
さながら金粉の大きい判が入っている感じで見ているだけで豊かになれそうです。
気づくと自分のカバンに入れているハンカチ、タオルハンカチですがついこの間から鮮やかな黄色のものを使っておりました。
また肌に直接着ける化粧品、これも現在少しだけですが黄色っぽい色をしているようですね。
こうしてみると無意識のうちに身の回りに黄色、金色を集めていたようです、偶然にも。
これらは僅かな事ですけれど、それでも何かしら自分の中で変化していくところがあるのかもしれませんね。
自分で自分を観察しながら、今後どのように変わるのかまた経過報告したいと思います。
間違ってもゴージャスな感じの変身には程遠いかと思いますけれど;。(笑)
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この写真はたまたま;夕方歩いている時に写したものです。
早速出てきましたね。(笑)
マンサクの花、春にまず咲くからこの名が着いたとそれておるようです。
春の足音、少しずつでも近づいているようですね。
日本全国、早くそんな春が来てほしいものです。
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本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。