とんだり はねたり

kinoppyの一日

街角アート

2021-08-08 | 美術
Hi!みんな元気、ほんっと久しぶりだね。心配しているお友達もいるかもしれない、ごめんなさい。コロナと夏休みと、この暑さと、何もかもが障害。まず、ブログに取り掛からないと、一日一文字も書けないで終わってしまう、ブロ友のみんなならわかってくれるよね。

立川へ行った。多摩地区の都会、立川。期待していないのになぜか、新発見のある街立川。それだけこの町が進化中、発展しているってことかな?元気な街立川イイネ!

初めて遭遇した時、エッツ!、こんなものあった?いつから?なぜ、知らなかったのかしら??っと不思議に思った。駅の2Fコンコースを出て伊勢丹に行く途中。伊勢丹の宣伝みたいだけど、この不思議さを表現するにはありのままが良いと判断。あえて伊勢丹のロゴは外さず。道路を挟んで向かいが伊勢丹。



少しズームして見ると、何やら色んな人が大勢、並んでるように(踊っているようにも)見える。





そして下の方を良~く見ると



何か書いてあるよ。



ナニナニ、行列ーSPACE SHIP EARTH NAVIGATORS
三木俊治
        2005     
        寄贈  
東京立川こぶしロータリークラブ 20周年記念事業とある。どうやら三木俊治さんという方の彫刻で
立川ロータリークラブの寄贈による作品らしい。しかも、2005年!!とある。え~!16年も前から
ここにあって、それを知らなかった!?またまた、驚き。

ということで、三木さんと、この作品について調べてみた。三木俊治さん、那須塩原市出身の彫刻家で元東京造形大学教授、教授退任後も創作活動と並行して、同大非常勤講師を務めている。

代表作「行列」は昭和60(1985)年、第1回現代日本具象彫刻展で大賞を受賞するなど国内外で活躍している作家である。
半円形の台座に約20センチの人物像が連なる行列は、30年以上にわたって手がけてきたシリーズで、全国各地や海外に30件以上ある。

1966年に北海道旭川市で個展を開いたときのインタビューに応えて「学生時代に旅したインドで大群衆に圧倒されて、彫刻で表現しようと思いついた。ロウを手びねりして人物像の原型を制作。石膏で肩を取った後にブロンズを流し込む。全体に金粉を塗って完成。型はその都度壊してしまうので、同じ型は一つとしてない。台座は船や地球がモチーフ、サビをあしらい、社会の厳しさを表現した。僕のイメージは、"宇宙船地球号”、行先は希望、かな?人は良い方に向かっていると信じているんです。」と語っている。横浜ビジネスパークや旭川常盤公園にも野外彫刻がある。そのほか全国に多数の彫刻があり、大賞、優秀賞など数多くを受賞している。
2015年三木さんはご自身の作品と収集した現代美術作品計603点を「郷里の子供たちへ」と那須塩原市に寄贈した。その中には学生時代に指導を受けた彫刻家、佐藤忠良氏にも称賛された「北国からの男」や無限に続く行列を表現した「〇゜゜〇゜゜〇゜゜」などがある。(小さい゜は本当は上ではなく横に並んでいる。)
(以上1966年旭川市での個展の際北海道新聞夕刊及び2015年3月のTHE SANKEI NEWS等より抜粋、要約した。)

この説明を基にもう一度作品を見てみよう。何とか鑑定団みたい(笑)



10年くらい前、北海道で仕事を終えて、札幌、富良野、最後は層雲峡だったかな?近くの空港が旭川だったので、当時話題の旭山動物園により、ついでに旭川を散歩した。文化的な美しい街だった。町の中心から公園までずっと森と彫刻が続いていた。公園の裏の土手を駆け上るとそこは石狩川だった。その広大さに感動したのを思い出した。あの公園までの彫刻群にきっと三木さんの彫刻もあったんだろうね。当時の画像を失ってしまい今は思い出を取り出せなくって、とても残念だけど、懐かしく思い出して胸キュンでございます。写真は貴重と再確認。

話は戻って、行列のお題?になっているSPACE SHIP EARTH NAVIGATORS は宇宙船地球号の意味だったのね。作品について調べるのに時間がかかってしまったけど、楽しんでもらえたかな?夏バテ気味のkinoppy、間もなく復活するのでまた、応援してね!じゃ、みんな、まったね~。

秋の信州 vol2 碌山美術館

2018-12-09 | 美術
Hi!みんな元気?今日は安曇野にある碌山美術館を紹介しよう。本当はもっと色々行きたかったんだけど、時間の都合で紹介できるのはこの美術館だけ。でもここは期待した以上に素晴らしくて、kinoppyの感動は100%、これからの生き方を学んだような気がしたよ。

何の予定も立てずに、急いで駅へ向かう。このポスターは松本の街中でしょっちゅう見かけた。朝の忙しい時でもスカッとするね。スポーツの持つスピード感、解放感、潔さかな。



駅に上がるエスカレーターの横にこんな表札が懸かっていた。松本駅は1902年に開通し、1942年(S17)に改築。S22年に火災に遭い、23年に再建された。その頃の駅舎表札らしい。S52年の国体開催に合わせて取り壊されたが、S60年市民の要求により駅名票は残されることになった。と説明が下に書いてある。古いものを残そうとする姿勢、イイネ!



慌てて飛び乗ったのは、どうやらリゾート用の観光列車だったみたい。列車の1番前におじさん二人がいて、三味線?などの楽器とマイクロホンがチラッと見えた。うろたえるkinoppy。ならば、と再度外へでて写真を撮った。そして1番景色の見やすい席を陣取った。



高山電車だから、ハイブリッドなのね、山梨の小海線もそうだった。



あらっま!とどめとばかりにリゾートビュー ふるさとの文字が・・・、全然見えてなかった~。



近くに座られたご夫婦と早速おしゃべり。これは観光列車で、指定席券500円が必要とのこと。列車の本数が少ないので、そのまま乗ることにした。20分位で穂高に到着。ここでしばらく停車するので、穂高神社で参拝ができるらしい。なあ~るほど。そういうことか。と今更ながら、納得するkinoppyだった。

車窓からの風景。前の席から山の雪景色が次々見えるんだけど、自分の席に来ると消えている。なぜ??仲良くなったご夫婦から先に見えるのは裏山の景色なんだと教えていただく。なあ~るほど。






方向も分からず、みんなについて穂高神社へ行く。楽しいお仲間と話に夢中?で、さっぱり、写真の構図が決められず、たった1枚撮ったのが、これ。にぎわいだけは感じ取れるかな?



巫女さんのお話もどこへやら?目の前の大木を指して「神木です」と言われたのだけは、聞き取れた。七五三で沢山カワイイお子さん達がいたが、お子さんだけに、なかなか声はかけづらく、和傘と一緒に記念撮影していた所を後ろからそっと1枚。



お二人はこれから列車に戻って、白馬まで行かれるらしい。松本に住んでると白馬まで日帰りできるんだって。kinoppyはちひろ美術館にも行きたかったが、碌山美術館にとても興味があり、どうするか悩んだ末、折角降り立ったから、穂高を散歩することに決めた。優しいお二人ともここで、お別れ。
駅前の案内所でコースを教えてもらい、3時頃までに松本に帰ると伝えると、う~ん、全部回れるかどうか?と案じられたが、とりあえず、行けるところまで行こうとお気楽に。ルンルン!教えられた通り、線路伝いに碌山美術館へと歩く。イイネ、イイネ、景色がすごくきれい。やっぱ空気が澄んでいるから、景色も美しい。しかし、線路沿いの道は遠回りだったね。本来ならもう少し早く着けたと思うよ。下調べが足りない。反省






美しい紅葉とそれらしき建物が見えてきた。これはお向かいの公園。この前の踏切を渡ると碌山美術館。右に折れて下って行くとわさび農場方向らしい。









入ると正面に労働者の像



迫力あるね。



あれに見えるは、パンフレットに載っているあの教会風の建物、碌山館か。今は、からまる蔦もなく、周囲の木々も葉が落ちてほぼ枝だけ・・。なにか寂しい美術館庭園であったが、とてもセンスの良い美術館であることはすぐわかった。



美術館のチケットと見学館4館の案内図



碌山館入口そばの水場?大きなかりんの木があって、そこここにかりんの実がおいてある。



入ってすぐ左手、ひんやりした空気が漂う。暖炉には薪がくべてあった。






次の部屋には、誰でもみたことがある有名な彫像が所狭しと飾ってある。一つ一つの像に圧倒される存在感。重要文化財

文覚(もんがく)1908年



坑夫 1907年



デスペア 1909年



有名な「女」1910年、美しい、のびやかな曲線美、柔らかだが、力強い生命力を感じさせる。






碌山の生家、安曇野の里山にあったんだね。美術館のこの辺りがぴったりの環境か?そのはずだ、生家は安曇野市穂高とある。



New Yorkでの生活。1901年、そんな昔に勇気ある行動だ。アーティストのやる行動は大胆、やるべきことがわかっている所が偉い。22才か~。芸術を追究して、ぶれずに生きてきたから、恐れず自分の進むべき道を歩めたんだね。日本と生活水準がそう変わらなくなった現在でも、同じような生活をアメリカで送るのは勇気のいることだと思う。学ぶべきことが多い。










1907年、ロダンを訪ね、教えを乞う。高村光太郎とロンドンで美術館を巡る。この頃から号「碌山」を使う。





1908年(M41)帰国。新宿にアトリエを新築。29才。しかし1910年30才5ヶ月で永眠。やはり無理な生活はいけないね。みんな、がんばりすぎないようにね。





この建物の裏に高村幸太郎の詩碑がある。しばし佇んで、悲しかった・・。





この館だけで充分だ。とkinoppyには思えた。学ぶことも多かったが、良くも悪くも受けたショックも大きかった。これからレポートするのは場所が違っているかもしれない。もし間違ってたらゴメンネ。

杜江館



若き日の天皇と皇后。(皇太子、皇太子妃の時代)美智子妃はまだ皇室の色にそまっていない溌剌さが感じられる。



わざわざ雪の日に?と思ったら3月末だったんだね。




皇太子殿下ご夫妻が訪れたことで有名になったんだって。良いことしてくださいましたね。皇太子の見識の高さにびっくり。kinoppyも答えを聞きたい。



昔はこの辺りも建物が少なく、すぐ裏に山が見えたんだね。とっても素敵な環境だ。



他の建物は碌山以外の方々の作品が並べてあって、撮影禁止だった。なので外観だけね。kinoppyもどれが何館だか良くわからなくなってきてる。



あとはグズベリーハウス、休憩室になっているけど、とても素敵なお部屋。



前から見るとこんな感じ。ベンチがあって水場があって、かりんが置いてある。その横を1時間に1本くらい列車が通る。





中はこんな感じ



かりんにはご自由にどうぞ、と書いてあった。1番右端の小さめのをもらって帰った。今でもダイニングテーブルに飾ってある。ミルク臭いかりんの香りはあまり好みではなかった。





そして前の方にはガラス扉のお部屋がある。








トイレの標識もカワイイ



いちいと名札のある木の向こうに美しい学校風の建物が、行ってみることにした。



行ってみて驚いた。向こうの方に雪が見えるよ!それに素晴らしい学校。





これは行って見なければ、疲れも忘れてドンドン行くよ。

すてきなお庭に、すてきな像



中庭





どんどん進んで行くと、びっくり、大きな体育館!!



1番奥まで進むとネットの向こうに雪山、なんてス・テ・キ!





学校前面、市立穂高東中学校、前庭は白雲庭と石碑があった。前庭には3~4体の像がある。







標識



お庭から碌山館が見える



松本城でもであったご夫妻



本当にお天気には恵まれた、とてもラッキー! また来て良いかな?



碌山館と大きなかりんの木、思い出に残るかりん





みんなお疲れ様。最後まで読んでくれてどうも有難う。またすぐ会おうね

川村記念美術館

2017-05-11 | 美術
Hi!みんな元気?久しぶりだね。ゴールデンウイークはすっかり夏日!やっと体調を取り戻したkinoppyは佐倉の川村美術館に行って来た。前からずっと行きたかったんだけど、遠くて。佐倉は京成日暮里駅から特急で50分。次の停車駅は終点成田空港。仕事でしょっちゅう行来してた時は、なんとも思わなかったが、こうして遊びに出かけるとなると結構遠い。それに奥多摩や埼玉に行く時と違って途中自然が全然見えてこないので、余計距離を感じる。

ハイ、佐倉に着きました。美術館行きのバス(無料)に乗って30分だそうな。立派なバスじゃ。

     

佐倉って、kinoppyが身近に感じていたのは、長嶋茂雄さんの出身地だってこと。佐倉城址に国立民族歴史博物館があること位。のんびりした古い町のイメージ。仕事帰りに歴博には行ったが他はあまり知らなかった。が、なんと、面積103K㎡、人口17万。へ~、案外大きい町なんだ。Wikipediaによると、江戸時代土井勝家が鹿島城を改造し、佐倉城を築いた。老中堀田正亮が11万石とし、城下町として繁栄した。佐倉藩は、武田家(徳川)、松平家等の老中や大老となる中心人物が入封する重要な藩だった。幕末老中堀田正睦は蘭学を推奨し、佐倉泰然に佐倉順天堂を開かせた。順天堂の発祥地かあ~。更に驚くことなかれ、津田仙は農学者でキリスト者、青山学院大学、同志社大学創立等に関わり、津田塾初代学長の津田梅子は娘。佐倉泰然の娘佐藤志津は女子美の2代目学長。kinoppyは女子教育に携わった人々の歴史にがぜん興味が湧くのだった。この辺の人間関係を紐解くととても面白そうじゃない?建築学者伊東忠太さんの名前もある。スポーツ界では小出義雄監督、kinoppyの好きなオーボエ奏者宮本文昭さんの名前も。成田に近くて便利な所、最近高級マンション群も開発されているらしい。等々考えている内、車窓にこんな風景、ほっとする。こんな広い田圃を見たのは久しぶりだ。キレイ!

      
    
緑の並木道を抜けて(車窓)

          

バスは美術館バス停に到着。目の前には飯田善國作<動くコスモス> ここでチケットを買って、歩いて行くよ。
      

      

地図をもらったので、貼っておくね。

     

入口には佐藤忠良作<緑>像

      

     

林の中を抜けて行くと、向こうに噴水と人の姿が・・。

     

あの噴水の正体はこれだ!池が大きくて1枚に収まらない。左、中、右と並べてみてね。右方向に高くなってる。

    

小さく白鳥が写っているのがわかるかな?

         

     

池の縁でくつろぐ白鳥とジョエル シャピロ作<無題>
      
  
池の少し右よりにある美術館

     
 
庭園を見てびっくり!建物を見て2度びっくり!ステキ!! 

     

入ってみよう。見ごたえのある作品ばかり、美術ファンならずとも、興味ある人は1度行かれることをお薦めするよ。kinoppyのお気に入りはなんといってもマーク ロコス(1903-1970)の<シーグラム 壁画>の部屋。もともとはマンハッタンのシーグラム ビル内のレストラン「フォー シーズンズ」のために描かれた壁画だったが、ロコスがオープンしたレストランの雰囲気に幻滅し、飾られるこはなかった。(川村美術館)描かれた7点の内の4点が飾られていたんだけど、kinoppyはその迫力と深い色合いが放つエネルギーに引き込まれてしまいそうだった。もちろん写真は撮れないので、HPから拝借したものを載せておくよ。

        

この絵の前に若い男の子がずっと立ち尽くしていた。とても絵になる、ステキな光景だった。イメージしてみて。  
             
ギフトショップで購入したマーク ロコスの壁画と、とっても感動したシャガールの<ダビデの夢>の絵葉書を載せておくよ。本物とは比べ物にならないけどね。
       
        

そして、これは本物を実写した。ちょうど7月2日までヴォルス展(ドイツ人1913-1951)をやっていて、何故かここだけはカメラOKだった。色々撮ってはみたが、光が反射していたり、額縁が切れていたりで上手く撮れていない。折角だから1枚だけのせておこうと思う。
        

気を良くして、美術館廊下の出窓みたいなところから、庭園を撮ろうとしたら止められた。普通展示会場以外の場所はOKじゃない?そこから見た庭園の緑がとてもきれいだったの。1階の茶室からなら撮影できるらしいので、早速行ってみた。なるほど。HPにはこの手前に桜が咲いてる画像があったなあ。
        

お茶セット700円也を払って写真を撮る。1階といっても小高い丘の上に建っているから目線は高い。

       

あっち側つつじが咲いてる、行ってみよう。 これ桜ね、きっと。
       

UPすると、向こう側にはDIC総合研究所の建物が見える。
        

外へ出て池を1周するよ。

       
       
ちょうど池の反対側に来た。久留米つつじが美しいと聞いた。でも盛りは過ぎてたみたい。
       

       

DIC総合研究所     
        

少し行くと藤棚が見えて来た。
       

美しい! 
        

まだ若い!
       

この藤棚は太くて大きい。花を撮るのが難しい。

       

現在テンプレートはコレ!可愛く撮れてるね。(と本人は思う)
       

       

こんな撮り方も面白い。きれいでしょ!何かに使えるかな?

        

        

藤棚横の石段を降りると
       

こんな景色が。この庭園内に小出義雄監督と高橋尚子さんが走るマラソンコースがあるらしいんだけど、どこなんだろう?

       

広場中央にはヘンリー ムーア作<ブロンズの形態>
        

小川が流れて
       

移動販売も来てる。
       

       

後方にはテラス
       

kinoppyもソーセージとレモンライムを

        

ここから美術館が見える。入口右、森の中に見えるのは、フランク ステラ作<リュネヴィル>

        

フランク ステラの作品
       
       

穏やかなひと時、しばらく別世界、ゆっくりしたら、美術館に戻ろう。
        

ふと空を見上げたら・・・これなんだろ??本物の飛行機?じゃないよね??空がとっても青い。楽しかった。佐倉、また来るよ。
        

みんなも楽しんでくれたかな?じゃ、またすぐ会おうね。