油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その40

2020-03-01 15:16:12 | 小説
 それからしばらく、メイは家から一歩も出
してもらえない日がつづいた。
 メリカがあまりに心配するからだ。
 もっとも、これまでとあまり変わらない。
 世の中は、ほとんど戦争状態。
 学校に行きたくても、臨時休校。
 担任の教師から教科書と参考書を与えられ、
自宅学習を強いられる日々だった。
 メイは、それほど苦にならない。
 メリカの家事や、やぎの世話を手伝ったり。
 天気のいい日には、日当たりのいい縁側で
本を読んだりして過ごした。
 ある日のこと、メイが縁側にでたにもかか
わらず、ゴンがかけよってこない。
 「ゴン、ゴン」
 メイは心配になって、ゴンを探しはじめた。
 いつもなら、庭を元気にかけまわっている
はずのゴン。
 でもこの頃は、以前ほどではない。
 ヒグマがよほど怖かったのか、ゴンは洞窟
の奥でからだを震わせていたのを、メイは思
い出した。
 ゴンはきっと、今でもその時の恐怖からの
がれられないのだろう、と思い、やぎ小屋の
裏手にある狭いすき間や、モンクおじさんの
山仕事用の鎌やのこぎり、それに農作業用の
くわなどをしまってある納屋を、隅から隅ま
でメイはゴンの名を呼びながら歩きまわった。
 「おばさん。メリカおばさん」
 メイが呼んでも、メリカは応えてくれない。
 何か用ができて、彼女は外出してしまった
に違いなかった。
 頼りのモンクおじさんは道にたたずみ、赤
い棒を振りまわす、交通誘導のお仕事。 
 塀はとても高く、ゴンは簡単に庭から抜け
出ることができなかった。
 正門は閉じられていたが、裏木戸がほんの
少し、ちょうどゴンが通り抜け出ることが可
能なくらい、開いていた。
 メイはあえて、外に出ることにした。
 ことによると、森の中を歩かなくてはなら
ない。
 彼女は底の分厚い靴にはき替え、両手に手
袋をはめた。セーターの上に、少々やぶけて
もいいらいのジャンパーを着た。
 ほんの数分歩いただけで、ゴンの鳴き声を
聞くことができ、メイはほっとした。
 「ゴン、ゴン。おいでわたしよ。どこにい
るの。何も心配いらないわ。あなただってが
んばって、わたしを守ってくれたんだし。ほ
らほら、恥ずかしがらないで」
 いくらメイが話しかけても、ゴンは出てこ
ない。
 ウウッ、ウウッ。
 くぐもったようなゴンの声。
 何かに口をふさがれている。
 そう思ったメイは、これは尋常ではない事
態が起きたかもしれない、と警戒しはじめた。
 五六メートル先に、一本の杉の大木が横倒
しになっている。
 もっさりした葉は、枯れたのか、茶色に変
わっている。
 ゴンは、どうやら、その木の陰にいるよう
である。
 突然、メイは後方からやってきた男に、後
ろで両手をしばられた。
 彼女があっ、何を、と叫ぶ間に、彼女の両
目はタオルのようなものでおおわれた。
 「あははっ、お嬢ちゃん、出てきたね。こ
れで手間がはぶける。良かった、良かった」
 メイが見たこともない大男が、彼女の眼の
前にあらわれて、そう言った。
 「あなたはどなた?ゴンは、ゴンはどこに
いるんですか」
 「ゴンって、この犬のことかい?こんなへっ
ぽこワンちゃん。あんたんとこで飼わないん
なら、おれ、売り飛ばしてやっから。こいつ
はおくびょうものなんだから・洞窟のすみで
おたおたしゃがってさ」
 どうやら、救援隊のひとりなようだ。
 メイはまなじりを決し、
 「そんなことはありません。ゴンを返して
ください。わたしたちの大切な飼い犬です。あ
んな大グマを目にしたら、どんな犬だって怖
いでしょうよ」
 「いやだね。ほらほら、こいつだって、お
れに飼われたいって。よく見なよ。しっぽを
ふってるだろ。このとおりさ。よく煮たウサ
ギ肉をくれてやったんだ。ゴン、じゃあおれ
たちと行こうな」
 大男は、ゴンの首輪に手をかけると、歩き
だした。
 「ゴンをどこへ連れて行こうって、いうの」
 「いいとこさ。なんだったら、お嬢ちゃん
も来るかい」
 「いやです。行くんなら、メリカおばさん
もいっしょです」
 「ほう、それは、かえって都合がいい。モ
ンクの野郎め、思いっきり心配するだろうか
らな。おい、おめえらも出て来て手伝え。お
嬢ちゃんもいっしょに来てもらうんだ」
 どれくらい歩きつづけただろう。
 メイは目かくしをされていたから、自分が
どこをどう歩いたか、わからない。
 メイが連れ込まれた場所は、どうやら木こ
りの休憩所らしい小屋の中。
 しばらくすると、大男が現れ。
 「なあに、すぐ返してやるから。ちょっと
モンクさんとやらに泣いてもらうだけだから」
 「それはどういう意味ですか」
 「まあ、あんたもよく考えるこった。ほか
の家はほとんど壊されたのに、あんたの家だ
けが無傷だ。これじゃどう考えたって、モン
クが敵と通じているって思うだろが。いやな
にね。おれたち、ちょっとある人から頼まれ
ただけなんで。なあにすぐに返してやるさ」
 「そんなこと絶対にない。わたしたちだっ
て困ってるわ。先祖伝来の大切な木々を切り
倒されてね。まったく人の気も知らないでよ
くそんなこと考えられるわ。お金なのね。あ
なたたちのねらいは。まったくかわいそうな
人たち」
 「金がないんでね、おれたち。壊された家
だって、建て替えられないんでさ」
 小屋の扉がバタンと閉じられた。
 ギギイ、ギギッ。
 かんぬきがかけられる音が続いた。
 (卑怯なやつら。こんな卑劣なまねをしない
で、モンクおじさんに、直接話せば済むこと
なのに)
 あまりのことに、メイは悔し涙がにじんだ。
 首にかけてあるはずの小袋がない。
 運がわるいのはこのせいかも、とメイはが
くりと首を曲げた。
 

 
 
  

 
 

 
 
 
 
 
 
 
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