陽が沈むとすぐに、小屋の中はほとんど闇
に近くなった。
ひやりとした空気が、メイの体にまといつ
いてくる。
メイは、今や、なんらの束縛もなかった。
大男に目隠しされたが、それをはずした。
彼女の両手を縛っていた荒縄は、彼女の丈
夫な歯で、とっくに食いちぎっている。
「ゴン、ゴン、こっちよ、こっち。聞こえ
たら来てちょうだい」
窓のすき間に口をおしつけ、メイは大きな
声をだした。
ちょっとの間、メイは待った。
だが、いくら待っても、ゴンの声が聞こえ
てこない。
メイはふうとひとつ、ため息をつき、小屋
の中を振り返った。
床に、マキの束がいくつか転がっている。
そのひとつに、彼女は腰を下ろした。
(ウサギの肉でたぶらかされるなんてね。ゴ
ンって、そんなおばかだったんだ。ああもう)
メイのこころの中に、ゴンをうらむ気持ち
がわいてくる。
しかし、たちまち、彼女は首を横にふった。
(ばかって?自分がばかじゃない。なにさ。
あいつらから逃げようとした?あの大男の手
を、思いっきり噛んでやればよかったじゃな
い。そうしたら、どうなったかしら?あいつ
痛くて、わたしの手を離したかもかもしんな
いじゃない。こんな森の奥まで連れてこられ
ないで済んだかもしれないわ)
打ちのめされ、しおれた気持ちを立て直そ
うとするかのように、メイは丸まった背中を
まっすぐにし、正面を見た。
まるで自分のこころから、邪念や弱気を追
い出そうとするかのように、彼女は深呼吸を
くり返す。
ほら、その調子、その調子。いい子ね、今
に見てごらん。きっと助けがやってくるから。
風の音にまじり、かすかに、女の人の声が
聞けたように感じたメイは、ふとあることを
思い出した。
お母さん?の言葉である。
「あなたには力がある」
それは、彼女が窮地におちいったとき、い
つも彼女を支えてくれた。
「よし、こうなったらなんだってやるわよ」
メイは元気な声で言うと、すくっと立ち上
がった。
こころの奥で、なにかが煮えたぎる。
そのひとつが、すうっと、メイの意識のお
もてに立ち昇って来た。
(そうだわ。わたしにはピーちゃんがいるわ。
ゴンがだめでもね)
メイは窓辺に歩みよった。
その窓の木枠に、彼女の低くて小さな鼻が、
ほとんど触れている。
「ピーちゃん、ピーちゃん。メイよ。ここ
にいるわ。わたしを忘れないで。子どもたち
の世話もたいへんでしょうけど。お願い、聞
こえたら助けて。閉じ込められたの。出られ
ないの。ここで死んじゃうなんて、耐えられ
ないわ。わたしにはやるべきことがあるの」
と、一所懸命、訴えた。
だがすぐに、あきらめの気持ちが、彼女の
こころに芽生える。
(昼間じゃないんだし、ピーちゃん、飛べ
るわけないわ。それにたとえ飛べても、ピー
ちゃんは小さくてかよわい。とてもあんな重
いかんぬきをひとりで抜くなんてことはでき
ない)
だが、メイの決意は固い。
すべて徒労に終わっても、全力でことに当
たろう。そう思った。
小屋はヒグマの襲撃を恐れるのか、とても
頑丈に造られていた。
窓も鉄の格子が入っていて、たとえガラス
を割ったとしても、抜け出せそうにない。
メイは、散らばっているマキを一か所に集
めたり、枯葉を、その間に敷きつめたりしは
じめた。
一晩小屋で過ごすためである。
火の気がなけりゃ凍え死んでしまいそうに
思える。さいわいにもマキストーブがあった
が、火を起こすマッチなどが見あたらない。
ふいに窓のあたりが騒がしくなった。
ピー、ピー、ピピーッ。
(ピーちゃん?)
メイの顔にようやく、ほほ笑みがもどった。
鳥の羽音は、ピーちゃんひとつのものでは
ないらしい。
だんだん大きくなってくる。
大柄の鳥もいるようだ。
バタバタッ、バタッバタッ。
彼らの羽を懸命に窓ガラスに打ちつけた。
に近くなった。
ひやりとした空気が、メイの体にまといつ
いてくる。
メイは、今や、なんらの束縛もなかった。
大男に目隠しされたが、それをはずした。
彼女の両手を縛っていた荒縄は、彼女の丈
夫な歯で、とっくに食いちぎっている。
「ゴン、ゴン、こっちよ、こっち。聞こえ
たら来てちょうだい」
窓のすき間に口をおしつけ、メイは大きな
声をだした。
ちょっとの間、メイは待った。
だが、いくら待っても、ゴンの声が聞こえ
てこない。
メイはふうとひとつ、ため息をつき、小屋
の中を振り返った。
床に、マキの束がいくつか転がっている。
そのひとつに、彼女は腰を下ろした。
(ウサギの肉でたぶらかされるなんてね。ゴ
ンって、そんなおばかだったんだ。ああもう)
メイのこころの中に、ゴンをうらむ気持ち
がわいてくる。
しかし、たちまち、彼女は首を横にふった。
(ばかって?自分がばかじゃない。なにさ。
あいつらから逃げようとした?あの大男の手
を、思いっきり噛んでやればよかったじゃな
い。そうしたら、どうなったかしら?あいつ
痛くて、わたしの手を離したかもかもしんな
いじゃない。こんな森の奥まで連れてこられ
ないで済んだかもしれないわ)
打ちのめされ、しおれた気持ちを立て直そ
うとするかのように、メイは丸まった背中を
まっすぐにし、正面を見た。
まるで自分のこころから、邪念や弱気を追
い出そうとするかのように、彼女は深呼吸を
くり返す。
ほら、その調子、その調子。いい子ね、今
に見てごらん。きっと助けがやってくるから。
風の音にまじり、かすかに、女の人の声が
聞けたように感じたメイは、ふとあることを
思い出した。
お母さん?の言葉である。
「あなたには力がある」
それは、彼女が窮地におちいったとき、い
つも彼女を支えてくれた。
「よし、こうなったらなんだってやるわよ」
メイは元気な声で言うと、すくっと立ち上
がった。
こころの奥で、なにかが煮えたぎる。
そのひとつが、すうっと、メイの意識のお
もてに立ち昇って来た。
(そうだわ。わたしにはピーちゃんがいるわ。
ゴンがだめでもね)
メイは窓辺に歩みよった。
その窓の木枠に、彼女の低くて小さな鼻が、
ほとんど触れている。
「ピーちゃん、ピーちゃん。メイよ。ここ
にいるわ。わたしを忘れないで。子どもたち
の世話もたいへんでしょうけど。お願い、聞
こえたら助けて。閉じ込められたの。出られ
ないの。ここで死んじゃうなんて、耐えられ
ないわ。わたしにはやるべきことがあるの」
と、一所懸命、訴えた。
だがすぐに、あきらめの気持ちが、彼女の
こころに芽生える。
(昼間じゃないんだし、ピーちゃん、飛べ
るわけないわ。それにたとえ飛べても、ピー
ちゃんは小さくてかよわい。とてもあんな重
いかんぬきをひとりで抜くなんてことはでき
ない)
だが、メイの決意は固い。
すべて徒労に終わっても、全力でことに当
たろう。そう思った。
小屋はヒグマの襲撃を恐れるのか、とても
頑丈に造られていた。
窓も鉄の格子が入っていて、たとえガラス
を割ったとしても、抜け出せそうにない。
メイは、散らばっているマキを一か所に集
めたり、枯葉を、その間に敷きつめたりしは
じめた。
一晩小屋で過ごすためである。
火の気がなけりゃ凍え死んでしまいそうに
思える。さいわいにもマキストーブがあった
が、火を起こすマッチなどが見あたらない。
ふいに窓のあたりが騒がしくなった。
ピー、ピー、ピピーッ。
(ピーちゃん?)
メイの顔にようやく、ほほ笑みがもどった。
鳥の羽音は、ピーちゃんひとつのものでは
ないらしい。
だんだん大きくなってくる。
大柄の鳥もいるようだ。
バタバタッ、バタッバタッ。
彼らの羽を懸命に窓ガラスに打ちつけた。